原作信者による漫画「オイレンシュピーゲル」感想

結論から言うと、冲方丁オイレンシュピーゲル」のファンのみなさん、二階堂ヒカルが描く漫画版「オイレンシュピーゲル」は絶対に読んでください!


…さて、私は原作である「オイレンシュピーゲル」「スプライトシュピーゲル」のいわゆる「シュピーゲルシリーズ」を愛してやまず、冲方丁の代表作はシュピーゲルシリーズであると恥ずかしげもなく公言しております。もちろん、マルドゥックシリーズも大好きですが(天地明察は…まーぼちぼちw)。 そんな私ですので、漫画化については期待もありましたが、当然不安もありました。テロあり核あり人種問題ありの何でもありなうえ、過剰なほどの情報量で書かれていた原作であるだけに、幾つかのシーンをちょろっと絵にして、適当なところで終わるような漫画になるんじゃないかと。


が、実際に1巻を読んで驚きました。冒頭から涼月(14歳)はちゃんとたばこ吸っている!…というのも含めて、原作が忠実に漫画化されていました。それも、ただ原作をなぞる、というレベルではなく、原作の短編1巻分をコミック1巻で描くという規格外のボリュームで!原作の情報過多ぶりに対し、コミック版は相応のボリュームで応えてくれました。また、アクションシーンもいっさいの妥協がなく、夕霧のワイヤーで人がバラバラになるわ、陽炎の狙撃で首はなくなるわで、いっさいの手加減なし。少し少女漫画チックな絵柄に対して、アンバランスなくらいの容赦のなさに、原作の熱量を失わずに漫画化してやろうという作者の気迫が感じられました。…副長や中隊長は、私の中ではもっとおっさんなイメージだったけれどもw


そしてそのボリュームと手加減のなさは、原作2巻のエピソードに当たるコミック4巻以降も続きます。原作2巻は核兵器によるテロリズムを涼月たちの属する警察組織(MPB)が阻止するという、かなりやばいもの。しかも、原作は2007年の発行ですが、漫画版の4巻は福島原発事故以降の2011年5月。にもかかわらず、夕霧が放射能漏れに対する情報統制の作戦に参加する等、発行当時ではかなりセンシティブだったであろう場面も容赦なく描かれていました。また、拷問シーンなどのえぐいシーンもそのまんま…。想像ではありますが、これらのシーンを描くにあたり、漫画家さんや編集さんを含めた関係者の方々によるなにがしかの判断はあったかと思います。リスクを避けるために、お茶を濁すこともあり得たはずだろうと。それでもこれらのシーンが余さず描かれたのは、原作に対する敬意と熱意があったからこそだと思います。


そして白眉は、最終巻となってしまった7巻で描かれるアクションシーン。ユーリ部隊+涼月による無音の戦闘シーンの激しさと無情。陽炎とロートヴィルトという射撃手どうしの緊張感。私が原作中でもっとも「震えた」シーンが、まさにそのままの熱量で描かれていました。この二つのシーンは、原作小説のクランチ文体(体言止めや記号(/+等)をぶち込んだ独特の文体)だからこそ描けたシーンだと思いますが、それが見事に漫画化されており、原作を読んだときの震えがよみがえるようでした。…ユーリの部隊による過酷な戦闘のあと、「死者が生者の道になる」というユーリの言葉が語られるシーンは、展開を知っているにも関わらず、不覚にも涙しましてしまいました。


そんな漫画版ですが、残念ながら7巻(原作の2巻のエピソードまで)をもって完結、という形になりました。ファンとして、残念な気持ですし、もっともっと先まで読みたいという気持ちが強くあります。しかし、私のオールタイムベストの1冊である原作2巻のエピソードが、このクオリティーと熱量で描かれたことは本当に幸せなことでした。特に、原作のシュピーゲルシリーズがお世辞にもメジャーとはいえない作品であるため、原作読了時にはまさかこのような幸福な漫画化があるなど考えも及ばなかったため、喜びもひとしおです。素晴らしい漫画を描いてくださった二階堂ヒカルさん、またボリューム・内容含めてさまざまな無茶をやってくださった関係者の方々に、ただただ感謝です。


…蛇足。漫画版でもやっぱり陽炎は乙女で可愛いなぁw