引っ越してきたアパートで、最初に出会ったのは黒猫、次が悪魔めいた長身の美青年。初対面だというのに、彼はいきなり「一緒に本屋を襲わないか」と持ち掛けてきた。彼の標的は―たった一冊の広辞苑。僕は訪問販売の口車に乗せられ、危うく数十万円の教材を買いそうになった実績を持っているが、書店強盗は訪問販売とは訳が違う。しかし決行の夜、あろうことか僕はモデルガンを持って、書店の裏口に立ってしまったのだ!四散した断片が描き出す物語の全体像は?注目の気鋭による清冽なミステリ。


いやぁ,ものの見事に騙されました!
伊坂幸太郎の「アヒルと鴨のコインロッカー」,やられました。


この作品は,椎名が語るパート(現在)と,琴美が語るパート(2年前)の二つの話が
平行して進む構成になっています。
この構成では,二つの話がどのように絡み合うかが楽しみなところですが,
一方で,絡み合う前の伏線部分は退屈になりがちだと思います。
しかし,キャラによる会話だけでも面白くなってしまう伊坂氏の場合,その心配もありません。
今回も,いつもどおりの伊坂キャラによるとらえどころのない会話が続いているので,
話の前半から楽しく読めるのではないかと思います。
(もっとも,何だかんだで伊坂作品をかれこれ10冊近く読んでいる身としては,
若干飽きてきたかなぁとは思いましたが。)


そして,話が絡み合ってくると話は俄然盛り上がってきます。
伊坂氏の作品では,話の前半に出てきた細かいセリフが後半になって
ちょっとした伏線になるということがあるのですが,今回はそれがとても生きています。
2年前のパートで琴美や河崎が発したセリフが,現在のパートで河崎の口から出てくるとき,
とても痛々しいというか,ぐっと来る部分がありました。
その辺は,最大のトリックとなっている2年後の河崎の真実を知ってはじめて
わかるところなのですが…。


また,個人的には椎名のポジションが絶妙でよかったです。
彼は「3人の物語に途中参加」してしまった,という微妙な立場で,
読者の立場と当事者の立場の中間地点くらいですね。
勝手に物語に巻き込まれていって,物語の終わりになっても彼の問題は
何も解決されていないという,ちょっと可哀想といえば可哀想な立場w
ただ,こうした立場に立つ登場人物は今まで見たことがなく,ユニークだなと思いました。


とにもかくにも,後半辺りから加速度的に面白くなるこの作品。
ぜひ,読んで騙されてみてください。