「ベスト&ブライテスト」

ベスト&ブライテスト〈上〉栄光と興奮に憑かれて (朝日文庫)
ベスト&ブライテスト〈中〉ベトナムに沈む星条旗 (朝日文庫)
ベスト&ブライテスト〈下〉アメリカが目覚めた日 (朝日文庫)

上巻
The Best & the Brightest―ケネディが集め、ジョンソンが受け継いだ
「最良にしても最も聡明な」人材だと絶賛されたエリート達が、
なぜ米国を非道なベトナム戦争という泥沼に引きずり込んでしまったのか。
賢者たちの愚行を、綿密な取材で克明に綴るベトナム問題の記念碑的レポート。
中巻
ケネディの暗殺、「偉大な社会」を目標に掲げるジョンソン新政権の成立。
米国内の政治状況が混沌とする中、ベトナムへの軍事介入は、
政権参画者たちの野心や自己欺瞞のため、拡大の一途をたどる。
政権内部でわずかに挙がる戦争懐疑派の意見も押し潰され、ベトナムの悲劇は続く。
下巻
徐々に明かされるベトナム戦争の真実。自国の愚行に気づいた米国民による反戦運動
その一方で、分裂、崩壊するジョンソン政権。
そして、ニクソン新政権の樹立。ベトナム戦争という深い闇に、いつ光は射すのか。
米国の苦悩と挫折、救いがたい運命を描くノンフィクションの傑作。


「メディアの興亡」を最初に紹介しようと思っていたのですが,
読み返してみているところなので,先に「ベスト&ブライテスト」を。


文系の大学生というのはまあ,いろいろと情報を集めてみては
うだうだと社会について考えてみたりするもので,
私もその例に漏れず,うだうだと考えている一人でした。
で,私の政治的(?)なスタンスは,感情的にならないで現実的に物事を考えようという,
まあ,現在の若者らしいというか,トレンドどおりの立ち位置なわけです。
政治家で言うと,松下政経塾出身者みたいな感じでしょうか。
現在の状況を把握した上で,今取りうる限りの最善と言える政策をとるべきで,
現状を無視したような理想的な政策は取るべきではない,と考えています。


さて,この作品に登場する「最良にしても最も聡明な」米政府首脳達の考え方は,
まさに上に示したような「現実主義」的な立場です。
そして彼らは,アメリカをベトナム戦争の泥沼に追い込んでしまうのでした。


ベトナムに介入し始めたとき,ベトナム戦争アメリカに有利だとされる情報ばかりが
現地のアメリカ軍から流されていたため,米政府はこの戦争を楽観視していました。
しかし,徐々にベトナムが泥沼化してくると,政府内でもベトナム戦争
重要な問題として認識されていきます。


ベトナム問題が重要視されてから,ようやく米政府首脳により本格的に協議されるようになりましたが,
すでにベトナムへ介入してしまっている以上,ベトナムからの撤退という選択肢は,
現実的にはほぼありえないものになってしまっています。
何せ,当時は冷戦下で,共産主義勢力を勢いづかせるようなことはできなかったでしょうし,
すでにベトナム戦争に「投資」している以上,
なんの見返りもなく撤退などできるはずもないですから。
そこで,撤退という選択肢を外した上で,現状で最善の政策を実行に移そうとしますが,
結局は悪化するベトナム情勢に対して,状況に応じて小刻みに兵力を増強するという,
最悪の方法を取ってしまいます。


「現実的主義」の思考パターンは,「現状認識→対策の思考→実行」だろうと思いますが,
これが可能なのは,思考前に正しい情報が確実にそろっていることが前提になります。
アメリカ政府というとてつもなく大きな組織において,
首脳達に正しい情報が確実に届くということはまずもって考えにくいですし,
ましてや情報源は遠く離れたベトナムですから,正確な情報がすばやく手に入るわけがありません。
政府首脳に集まってくるのは,現実よりも楽観的な情報で,しかも情報が届いたときには,
事態はさらに悪化しているわけです。
結局「最良にしても最も聡明な」首脳の方々は,
現実よりも楽観的な情報を基にして合理的判断を下そうとしたために,
少ない戦力を暫時投入しては敗北し,ベトナムを泥沼へと追い込んでいったわけです。


…とまあ,これはこの作品が語るベトナム戦争の一面に過ぎません。
とにかく細やかに事実を追っているためさまざまな出来事が紹介されていますし,
それをどのように読み解くかは読者にゆだねられるでしょう。
ただ,私がこの作品を読んで思ったことは,「現実主義」を実現するためには
正しい情報がすばやく手に入り,その上で「確実に」合理的な判断が
下されなければならない,ということが前提にあるということです。
そして,そのどちらの前提も満たされた状況などはありえないわけで,
そこを理解していなければいけないのだと思いました。
「最良にしても最も聡明な」人たちには,その優秀さからくる自身の能力への過信のために,
その辺りが見えていなかったのでしょう。
結局,「現実主義」的な思想も必要ですが,
どこかで理想的な思考(ベトナム撤退からの撤退」)も必要だし,
思い切った判断(大量の戦力投入)も必要だと言うことです。
ベトナムへの戦力投入を支持しているわけではないですよw)


にしても,アメリカのリベラルの記者達は,安易な現実主義,保守主義に対して
これだけの反論材料を用意できるのだからすごい。
日本のリベラルは今,非常に立場が弱いように思えますが,もっと説得力のある議論をお願いしたいものです。
「現実主義」的な立場にある私でも,「ベスト&ブライテスト」を読んで納得してしまいましたもの。
これだけの反論ができれば,リベラルも面白いのになぁ。
同じくハルバースタムの「メディアの権力」を翻訳している筑紫某はまったく期待できないしなぁw