メディアの興亡

メディアの興亡 上 (文春文庫)
メディアの興亡 下 (文春文庫)

新聞社から活字が消えていく―。
コンピュータで新聞をつくるという壮大な計画にむけて、日本経済新聞社は動きだした。
アポロ宇宙計画に匹敵する難事業に社を挙げて取り組んだ日経を中心に、
大新聞の変革期に新聞人が何を考え、どう行動したかを活写する、
第17回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した傑作。


日本経済新聞社のコンピュータ導入という“英断”に対して、朝日人はどうしたか。
一方、部数日本一を目指す読売は“ドン”となる政治記者が頭角をあらわし、
毎日は手のほどこしようのない借金地獄におちいっていた…。
“社会の木鐸”の生々しい内側を鮮烈に描いたノンフィクションの金字塔。
第17回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。


大学3年の頃にこの本を手に取ったので,実に3年ぶりの再読となりました。
当時この作品を読んだ私は,ニュージャーナリズムという手法にはじめて触れて
とにかく驚いていたのを思い出します。
(読んでいるときには「ニュージャーナリズム」などという単語は
知らなかった気がしますが。。。)
それ以降,このジャンルの本を何冊か読んできているため,
今回読み返してみても,さすがに当時のような驚きはありませんでした。
ただ,それでもやはり,素晴らしい作品であるという評価は揺るぎませんでした。
そりゃまあ,満場一致で大宅壮一賞とっている作品ですからねぇ。


この作品の素晴らしいところは,特定の主人公を作らず,
あくまで「コンピュータで新聞を作る」というプロジェクトの一部始終を追うことに
焦点を絞っているところだと思います。


一つのプロジェクトを追っていくとう形式だと,数人の中心人物ばかりに焦点を当てて
感動的な話として語る「プロジェクトX」的な作品になりがちです。
それはそれで面白いし,嫌いではないのですが,
いかんせん美化されてしまって,プロジェクトの本質が見えてこないようにも思えます。


その点,この作品はプロジェクトの発端からコンピュータで新聞ができるまでの
10年以上が,克明に記されています。
それも,プロジェクトの後押しし続けた日経社長の園城寺次郎や,
このプロジェクトのまとめ役だった石田信一だけでなく,
プロジェクトによって仕事を奪われる側である活版工員などを含めた組合まで,
さまざまな人物が実名で登場するんです。
ただ単に「コンピュータで新聞を作る」というプロジェクトの「開発秘話」ではなく,
そこにいたるまでの経営判断,社内の反対派との折衝,組合の説得など,
あらゆる角度からこのプロジェクトの一部始終が描かれているため,
ただの美談にはない面白さと,説得力が生まれるのだろうと思います。


また,毎日新聞日経新聞の比較,というのもテーマの一つになっています。
私が印象に残っているのは,会社の借金が増え続けているときに,
毎日の組合機関紙に書かれたというこの言葉です。
「…『毎日』という有力なマスコミを潰してしまうことがいまの支配層にとって
果たして懸命なことだと君は思うかね。
第一,つぶして,いちばん困るのは膨大な貸付金を出している銀行自身じゃないのかな…」
ジャーナリズムに関わる企業,という以前に,利益を出す企業としても,
社員がこのような意識ではだめですよねぇ。
それに比べて,日経では早くから社員に危機意識を与えているようですし,
なによりも社長の園城寺が危機感を持って経営に臨んでいます。
この違いが,その後の毎日の沈没と日経の飛躍という結果に現れているようです。


そのほか,経営者としての園城寺の先見の明に驚かされ,
日経とIBMという日米の企業が共同で実施するゆえのプロジェクトの難しさに歯噛みをし,
多数の困難の中でプロジェクトの実現に向けて闘う人々の姿に胸を打たれと,
本当に見所満載,という感じです。
新聞業界に興味のある人であれば,業界の裏話的な部分にも興味を惹かれるでしょう。
(ただ,人によってはもう少しプロジェクトの話だけに
焦点を絞ってほしいと思うかもしれませんね。
毎日新聞を始めとして新聞界の多くの出来事も描いているため,
それをわずらわしく思うかもしれません。)


そして何よりも,この話がただの物語ではなく
「現実」であることの重みが,行間からひしひしと伝わってきます。
これだけの取材をして,さらに読み物として見事に再構成するということは,
並みの記者さんではまずできないでしょう。
杉山隆男氏にはこの分野において,本当に才能があるのだと思います。
それだけに,またこの手法で作品を書いてほしいんですが…,やらないんだろうなぁ。