「絶対,最強の恋のうた」

「100回泣くこと」作者の最新青春小説

社会科教師のおでこのテカリ占いをしては大受けしていた陽気でマシンガンな中学時代から
クールで一目置かれる弓道部員の高校時代を経て、
大学生になった私がしたことは、恋をすることだった。
遠くの的を見抜く力のおかげで視力が2.0以上になっていた私はその年の秋、
キャンバスで遙か遠くから歩いてくる同じ学年の男の子に
「今度は的じゃなくて、別のものを射抜くことにしたんです。
例えば男子とか」と笑いかけていた。
付き合いはじめて3か月。幸せすぎるくらい楽しかった。
でも、ある程度規則正しい生活を美しいものと感じてきた私は、
ふと怖くなり、彼にこう告げた。
こんな風に付き合うのは、私には無理かもしれない--。
彼はゆっくり時間を置いてから、こんな提案をした。
毎日死ぬほど会う生活をやめ、デートは週末に1回、電話は週3回にする。
それで、無理だったら、もう一度考え直せばいい――。
全力疾走を終えたあと、ゆっくり並んで歩きながらトラックを周回するような日々。
そんなある種健全で、美しいモラトリアムな時間が、
ゆっくりと確かな時を刻み、輝きはじめる。


私にとって,中村航氏の作品の中で一番印象に残っているのは,
「I Love You」に掲載されていた短編小説の「突き抜けろ」。
「絶対,最強の恋のうた」は,その短編の前後の話を含んだ作品になっています。
「大野」とその彼女の恋愛を中心に描いたこの作品ですが,
「突き抜けろ」の印象があまりに強い私にとっては,
恋愛の話なんかよりも,「木戸さん」の話なんです。
そして,この作品の最後を飾る「富士に至れ」は,
「突き抜けろ」を最高の形で締めくくってくれました。
「突き抜けろ」を読んだ人は,絶対に読んだほうがいいです。
読まなきゃ損します。


「突き抜けろ」は,大野,坂本,木戸さんの大学生3人が
酒を飲みながら鍋をつつくだけという作品ですが,
木戸さんのキャラクターが素晴らしいんです。
酒を飲みながらわけのわからないことをわめく,その言葉も素晴らしいし,
全般的にダメな感じも素晴らしい。
また,坂本もいい味出していて,木戸さんと坂本の関係なんかも,
読んでいてすごくイメージがわいてきます。
あとは,背景に流れてくる大学生のモラトリアムな雰囲気も印象的で,
大学時代に一人暮らししている友人の家で延々飲んだときの,
あの楽しい気分を思い出させてくれます。
(そういえば私は,友人の家に鍋がないために,
わざわざ土鍋を買ってまで鍋をしたことがありました…。)


そして,その「突き抜けろ」で見せた木戸さんや坂本のキャラクターをそのままに,
「富士に至れ」では見事な締めくくり方をしています。
「富士に至れ」は,ページ数にしてたったの18ページ。
恋愛小説である「絶対,最強の恋のうた」という作品において,
それはおそらくメインテーマから外れた補足的な話かもしれません。
また,「突き抜けろ」が面白くなかったという人にとっては,
まったく無意味なエピソードですらあります。
でも,「突き抜けろ」が好きだった人にとっては,
この作品のラストはこれしかない!というくらい,完璧です。


以下,ネタバレで書きますと,
最後の章に坂本の話を持ってきたのがまず驚きでした。
そして,社会人になった坂本が,
「マリンスポーツだけは許してはならない」という
木戸さんの意味不明な言葉が契機となって彼女に告白し,
文字通り「突き抜ける」。
あのミッチー事件を伏線にして,こんな話を作るとは…。
また,メガネを外して告白するというシーンは完璧です。
なんというか,「だってよう,あいつ,メガネを取ったんだぜ」(by木戸さん)
としか言いようがありませんw


本当におかしくて,でも素敵なラストシーンでした。
そのほかには私がこの作品について何かいえることはないでしょう。
大野とその彼女の話は,それはそれとして楽しんで読めました。
恋愛小説が好きな方であれば,もっと楽しめるのかもしれません。
私にはあまりわからないんですが…。