「キノの旅Ⅹ」

―「いい歌だった。歌もいいけど、歌手の声と歌い方がとても素敵だった。気に入った」
「おや、キノがそこまで満足げに言うとは珍しい」歌が終わった直後から、
まるでそれがスイッチだったかのように、広場には人の動きが生まれていた。
歩いて城壁へ向かう人や、店のシャッターを開く人、馬車を用意する人、
または自動車のエンジンをかける人。
そんな中の一人、エプロン姿の中年の女性が、キノを目に止めて話しかけてきた。
「旅人さん。さっき入国したのよね?今の歌聴いたかしら?いい歌だったでしょう?
素敵な歌声だったでしょう?」(『歌姫のいる国』)―他全11話収録。


始めに言っておきますと,私はこのシリーズ結構好きで,
なんだかんだで全10巻を揃えている人です。
すごいはまった,というわけではないのですが,
ずるずると既刊を買い続けてしまう魅力のある作品なんだと思います。


…なのですが,この10巻について言えば,まっったく面白くありませんでした。
「面白くない」という感想をわざわざ書くのもアレなんですが,
好きなシリーズであるということもあるので,ちょっと書きたいと思います。
ちなみに,既刊も含めてネタバレがありますので,
未読の方はあまり見ないほうがよいかも。


キノの旅」ってもともと,アイデア勝負の短編小説なんですよね。
ラストのちょっとシニカルなオチにつなげるために,
(ちょっと変わった)国の設定をどうやって作るのか。
そしてその国を,ドライな性格の旅人キノが見てどのような印象を持つのか。
その辺りの筆者のアイデアを楽しみにしながら読んでいく作品だと思います。


それが,10巻ではアイデア自体が面白くありませんし,
「国の設定をどうするか?」というよりも,キャラクターに重きを置くように
なってきている感じがあります。
イデアで言えば,「インタビューの国」がイマイチです。
2巻の「自由報道の国」という作品が「インタビューの国」とちょっと似ていますが,
比べてみると,今回の作品では落とし方が全然うまくありません。


「自由報道の国」では,新聞社によって一つの事実が
いろんな書き方をされる事実を見せておいて,
読者には「実際のところ,どれが真実なんだろう?」という期待を持たせます。
しかし,オチではキノが新聞を薪の代わりに使って,
「薪が近くにないときには助かるんだよ。新聞紙は絞ればよく燃えてくれるから」
と言い放ちます。
読者の抱く期待に対してきれいに肩透かしを食わせていますし,
真実の報道よりも「よく燃える」ということのほうが重要であると言う
旅人のシニカルな価値観も見せていて,きれいにまとまっていると思います。


それに対して,「インタビューの国」では,キノに対するインタビュー記事がまず出てきて,
そのあとに実際のインタビューの様子が書かれます。
記事では旅の様子が美談として書かれていますが,
今までこのシリーズを読んできた読者であれば,
キノの旅の様子が美談になるわけがない,ということを知っています。
実際のインタビューが記事どおりでないことは明らかで,
ではどのようにまぜっかえすか,そこに期待をして読み進めていきました。
しかしオチは,キノが実際のインタビューで,
身も蓋もない,記事とはまったく違った話をするだけでした。
あまりにも読者の予想通りで,そこにアイデアはまったくありません。
筆者のアイデアを楽しみにしていた自分は,がっかりしてしまいました。
そのほかの作品でも,10巻にはうまいアイデアが見られなかったとように思います。


そして,アイデアがなくなっていることと関係あるのかもしれませんが,
キャラクター設定を重視している感じがあります。
ティーの一日」は,アイデアとかシニカルなオチはまったくなくて,
愛想のないティーと,犬の陸が「仲間」になったというだけの話です。
キャラクター小説としてはそれでよいのかもしれませんが,
この作品はもともと,アイデアが売りであって,
キャラクターの魅力は二の次だったのではないかなぁと思うと,
ちょっと残念な感じがします。


確かに,キノ以外の旅の様子(シズと師匠)が書かれるようになってきてからは,
それぞれのキャラクターの描写が増えてきているという傾向はあるんですが…。
もちろん,ライトノベルは基本的にキャラの魅力が重視される分野ですし,
筆者がキャラ設定をつけたいと思うのもわかります。
ただ,それは「キノの旅」以外の作品でもできることなんで,
キノの旅」では,やはりアイデアの面白さで勝負してほしいと思ってしまいます。
ちなみに,10巻では挿絵にもキャラクターが多く描かれています。
黒星紅白氏の影のある挿絵は,作品のシニカルなイメージとマッチしている感じが
好きなのですが,挿絵の傾向も作風に合わせて変わってきてしまっているのかも…。


最後に,10巻のメインになっている中編「歌姫のいる国」ですが,
これもあまり面白いとは思えませんでした。
この作品も,やはりアイデアの面白さもシニカルなオチもありません。
ライトノベルっぽいボーイミーツガールと,
殺し屋(キノ)から必死に逃げる少年少女を描いています。
いや,ライトノベルとしては普通の設定なのでしょうが,
あんまりライトノベルっぽいのが得意ではない私にとっては,
いまいちとしか思えませんでした。
やっぱりこの話も,別の作品でやるべきなんじゃないかなぁ…。


アクションシーンがメインになっている話は他にもあるのですが,
やはり期待はオチだからなぁ。
例えば5巻の「英雄達の国 〜No Hero〜」は
キノと7人の殺し屋(?)の闘いが描かれている,思いっきりアクションメインの作品ですが,
次の「英雄達の国 〜Seven Heroes〜」で,彼らが失った(と思い込んでいる)国の
英雄であることがわかるというオチが用意されていて,うまい構成になっています。
そういう形でアクションシーンをやってくれるならいいのですが,
「歌姫のいる国」ではオチが弱い分,
やはりアクション的な部分がメインになっているのかな,と思います。


とまあ,色々書きましたが,結局のところアイデアがなくなってきている,
ということが言いたいわけですね。
ドライな文体で淡々とシニカルな寓話を書き,その中にたまに「優しい国」のような
きれいな話(といって良いかわかりませんが…)を持ってくる,
その展開が好きだった私としては,10巻はどうにもだめでした。
そして今後も,10巻の路線が続いていくのではないか,という印象もあるので,
そうならないでほしいなぁ,と思っています。


いつか,「キノの旅」シリーズが面白い,という感想も書こうと思います…。