「終末のフール」 伊坂幸太郎

あと3年で世界が終わるなら、何をしますか。
2xxx年。「8年後に小惑星が落ちてきて地球が滅亡する」と発表されて5年後。
犯罪がはびこり、秩序は崩壊した混乱の中、仙台市北部の団地に住む人々は、
いかにそれぞれの人生を送るのか? 傑作連作短編集。


伊坂作品の面白さは,やはりキャラクターにあるでしょう。
毎回,クセのあるキャラクター達を見事に動かすことで,
話を盛り上げます。
全体的に彼らは格好良く,妙に余裕のある態度を取り続けており,
それが鼻に付く方もいるでしょうが,個人的には楽しませてもらっています。
(格好良すぎるのは鼻に付かないこともないけれどw)
また,やたらと饒舌な会話を中心にして軽快に読ませる文体も,
伊坂作品の特長だと思います。
もちろんストーリーの面白さもあるのですが,
伊坂作品の基本として私が思い浮かべるのはこの2点です。


しかし,今回読んだ「終末のフール」では
上記の長所があまり活かされなかったように思います。
まずキャラクターですが,この作品に収録されている8作はある程度
関連性はあるものの,基本的には独立した短編です。
そして純粋な短編では,キャラクターを掘り下げて面白みを出すには,
ちょっとページ数が足りないかなと思いました。
「死神の精度」や「チルドレン」も短編と言えば短編ですが,
登場するキャラクターは同じなので,
千葉とか陣内などのキャラの特徴はちゃんと出せています。
しかし,この作品では印象に残るキャラクターってあまりいないんですよねぇ。
キャラ小説家である(?)伊坂氏の作品としては,
やはり長編のほうが持ち味が生きるように思いました。
(ちなみに,「I LOVE YOU」収録の「透明ポーラベア」は
ストーリーがネ申なので別格w
とはいえ,小さな奇跡系の話はあまり乱発できないからなぁ…)


また,軽快で饒舌な文体も今回は控えめだったように思います。
設定が「8年後に小惑星が落ちてきて地球が滅亡すると発表されて5年後」の世界で,
パニックが収まったあとの小康状態の世界というのはいかにも伊坂氏らしいのですが,
それだったらいつもどおり,思いっきり余裕な感じで軽快に書いてほしかった。
余裕がある書き方だと,「あと3年で世界が終わる」という
恐怖感や切迫感のようなものが出ないんでしょうけど,
この作品で「あと3年で世界が終わる」という追い詰められた心理描写って
それほど印象的に描かれていないしなぁ…。
この辺りの心理描写を乙一とか桜庭一樹とかにやらせれば,
軽快にかつ絶望的に,うまくやりそうだとは思うのですが,
伊坂氏の場合は心理描写を巧みに描くっていう感じではない気がするんですよね。
だったら思い切って,クールに軽快に終末を描写しても良かったのではないでしょうか。


そんなわけで,キャラクターの魅力,軽快な文体ともに,
この作品では十分に発揮されなかったように思います。
やっぱり,「世界が終わるから何?」みたいな
やたらと余裕のあるキャラクターを登場させて,
軽快に終末を描くほうが伊坂作品の長所は出やすいかなと思います。
または,「3年後に世界の終末を迎えるにしても、
そんなことを信じないと強く思う登場人物、
あるいは俺が隕石の軌道を変えてやると信じ込む者」
(「図書館で本を借りよう」さんのレビューより)
を登場させるとか。
そのほうがやっぱり,伊坂作品らしいですよねぇ。。。


とまあ,うだうだと文句を書きつつも,
読んでいてそれなりに面白い作品だったことは確かです。
伊坂作品にしてはちょっと物足りないなぁと言うだけで。
伊坂氏にとっても,この作品は得意技だけで書いたと言うよりは,
新しいテーマに挑戦して書いたものだったのではないかと思います。
ただ,いつもとは異なる,挑戦的な作品であっても,
伊坂作品の長所である「キャラクター」と「軽快な文体」は活かしつつ書いたほうが
良かったのではないかなぁと思ったのでした。


…完全な蛇足ですが,私は常々,伊坂氏を「キャラ小説家」とか,
ライトノベルでもいける」みたいなことを言っているのですが,
先日桜庭一樹の対談を読みたくて立ち読みした「新世紀エンタメ白書 2007 (毎日ムック)」では,
書評にライトノベルの作品が並んでいる中,なぜか「死神の精度」がありましたw
伊坂氏の作品は,純粋にエンターテイメント性も強いし,
極端に言えばライトノベル扱いできるんだよなぁ。
ちなみに,同じく書評の中には恩田陸氏の作品なんかあったりして,
作品の選び方が結構面白いと言うか,正しいなぁと思いました。