「夜は短し歩けよ乙女」

私はなるべく彼女の目にとまるよう心がけてきた。
吉田神社で、出町柳駅で、百万遍交差点で、銀閣寺で、哲学の道で、「偶然の」出逢いは頻発した。
我ながらあからさまに怪しいのである。そんなにあらゆる街角に、俺が立っているはずがない。
「ま、たまたま通りかかったもんだから」という台詞を喉から血が出るほど繰り返す私に、
彼女は天真爛漫な笑みをもって応え続けた。「あ!先輩、奇遇ですねえ!」
…「黒髪の乙女」に片想いしてしまった「先輩」。
二人を待ち受けるのは、奇々怪々なる面々が起こす珍事件の数々、そして運命の大転回だった。
天然キャラ女子に萌える男子の純情!キュートで奇抜な恋愛小説in京都。


なんだか評判が良いようなので,森見登美彦氏の「夜は短し歩けよ乙女」を
ついつい買ってしまいました。


…あぁ,こういう話だったのね。


この作品,とにかく荒唐無稽な話で,話の展開自体は
ギャグ漫画レベルと言っても良いくらい無茶苦茶です。
それを受け入れられる人は面白いのかもしれませんし,
それがだめな人はちょっと厳しいかもしれません。
私自身はと言えば…基本的にあまりにも荒唐無稽なのはダメなんですが,
その割には比較的楽しめたような気がします。
ただ,無茶苦茶な作品だって知らないで読み始めちゃったからなぁ。。。
大森望絶賛,豊崎由美も帯を書く,ということで期待しすぎちゃった感じもします。


とりあえず無茶苦茶なところから言えば,
登場するキャラクターは皆そろって無茶苦茶です。
自称「天狗」の樋口さんは空を飛ぶし,李白氏はくしゃみをすれば竜巻が起こるし,
パンツ総番長はパンツ履きかえないし,少年は神だし…。
ええと,まあ,いろいろです。
町の風景描写とかは比較的生活臭がするので,
最初は「普通」の日常をちょっと面白く書いた作品だと思ったのですが,
天狗が飛んでから「別のものだ」と思いなおすことに。。。
最初からまともなストーリーを期待せずに,
ただ森見氏の独特な世界観に浸るというのが正しい読み方だと思います。


さて,それでも私が楽しめた部分と言えば,一つは文章です。
「先輩」のパートと「黒髪の乙女」のパートが交互に進む形式で書かれていて,
どちらの文体も独特な言い回しが面白い。
「先輩」のパートは(たぶん)森見氏の普段の文体で,
ダメな人間が無駄にインテリで,知的に自虐的な…というわけのわからない感じw
対して「黒髪の乙女」の文体は,ちょいと古めかしいけれど,軽快でかわいらしい。
どちらも特徴のある文体ではありますが,二つの文体が交互に来ることで,
うまく魅力が引き出されていると思います。
太陽の塔」(森見氏のデビュー作)では「先輩」のパートと同じような文体で
延々と書かれていて,最初は面白いかなと思ったのですが,
だんだんと読むのが面倒くさくなってしまって,途中までしか読めていないんですよね。
確かに面白いんですが,ずっと続くとちょっと鼻に付く感じでダメだったんです。
でも,「黒髪の乙女」のパートが途中で挟まることで
だらだらとした感じが薄まり,断然読みやすくなっています。
また,「黒髪の乙女」のパートの文体も「先輩」パートの自虐的な文体と対になることで,
より魅力的になっているように感じます。
この辺は計算ずくなのかはわかりませんが,とてもうまくいっていると思います。
(これで京都の町並みを知っていれば,延々と続く風景描写も楽しめるんたんでしょうね…。)


そしてなんと言っても,「黒髪の乙女」のキャラクターが魅力的です。
とにかく天真爛漫で,無邪気で,天然ボケです。
…というか,私が天然で無邪気なキャラが好きなだけなののだろうか。。。
ま,まぁそれはともかく,非常識で無茶苦茶な展開の中で,
一人わが道を行く「黒髪の乙女」のキャラクターは立っていました。
濃すぎるキャラクターだらけの中でも全然埋没しませんからね。
無邪気なのは良き事哉。。。


そんなわけで,苦手な感じではありながらも,まぁそこそこ楽しめました。
ちなみにどうでもいい話ですが,「電気ブラン」ってうまいか?
作中に「偽電気ブラン」なるものが出てきますが,
私はあれ,はみがき粉みたいな味でまずいと思ったのですがw