クレイジーカンガルーの夏

田んぼの上を通り過ぎるジャンボジェット。ラジカセから流れる「はっぴいえんど」の歌。中学一年の夏休み。須田広樹が待ちに待った夏休みは、仲の良い秀一や敬道、それに東京から転校してきた、ちょっとあか抜けた感じの従兄弟・冽史を交えてにぎやかに始まった。プールで遊んで、昨日のガンダムの話で盛り上がって、大人のリクツなんかには全然納得したくなくて…いつまでも続けばいいと思っていた。そんなある日、冽史の家の事情をきっかけに、4人はちょっとした冒険を試みることになるのだった。誰しも心のどこかに残している少年時代が色鮮やかに蘇る、ちょっとノスタルジックなストーリー。


ミミズクと夜の王」に続いて,挿絵なしのライトノベルを読んでみました。「異色」と言われるラノベについつい手が伸びてしまうのは,完全に桜庭一樹が原因ですね。桜庭級の作家がそんなにいるわけはないけれど,どうしても二匹目の何とかを期待してしまうのです。


しかしまぁ,この作品はライトノベルとしてはあまりにも異色ですね。まずは舞台が1979年で,ガンダムの話が何度も出てくるのですが,そのガンダムのストーリー知らないと意味わからない部分もちらほら…。何となく知っていればわかる範囲でしょうが,GA文庫の対象読者はガンダムわかるのか?(…と思いつつ,そういえば私もぜーんぜんガンダム世代じゃないのにある程度わかるから,今の子供たちも意外と知っているのかも。小学生くらいの子供達が「ヤザンむかつくよなぁ!」みたいな会話してたの見たことあるしw)


また,これが新人作家の処女作と言うのもびっくり。何となく私のイメージで,新人作家といえば滝本氏の「ネガティブチェンソー・ハッピーエッジ」みたいなすごい勢いの作品とか,「鴨川ホルモー」的な突拍子もない設定だとか,そういうイメージなのですが,これはそういう新人らしさがまったくないw 普通の中学生の物語だし,展開も地味だし,事件と言えば中学生二人での東京までの冒険くらいなものだし…。
それに,文章もとてもこなれた感じで,拙さが全然ない。特にライトノベルのレーベルだと,文章のうまい下手ってあまり考慮されないイメージなのですが,この誼氏はうまいというか,とても自然に読める文だなぁと思いました。オープニングの部分だけはちょっと力入り過ぎかな,という感じもありましたが,全体的には,関西弁を交えた文章でも全然違和感がありませんでした。ホント,書きなれているのでは,と思うほどです。
ついでに言えば,あとがきを見ているとテーマの選び方も新人らしくないw デビュー作に中学生の青春小説書くんだったら自分の青春時代を舞台に思いっきり描けばいいだろうに,「興味がある」という理由で1979年を舞台に設定しているしw なんというか,誼氏が別名義で普通に本書いている人だとしても,全然驚かんだろうなぁ。


で,面白いのかと言われますと,なかなか面白いです。するするっと読めますし,筆者が自分の知らない「1979年」についていろいろ調べて再構築するという試みも,その世代の人が書くのとは違う違和感かあって,それが面白いです。なんかこう,わざとらしく固有名詞を出す感じというかw その違和感と,いつの時代でも変わらないような仲良し4人組の自然なやり取りとが,奇妙にマッチしている感じで良かったです。
また,子供の心理描写をとても曖昧というか,はっきりしない複雑なものとしているのも個人的には好きかも。広樹と冽史(きよふみ)のやりとりで,仲がいいのにちょっとしたことですごいイラッとする感じって,すごい理解できる気がしました。中学生くらいのときって,そういうことがよくあった気がします。
あと,完全に個人的な感覚だと思いますが,夏休み以降の描写が早回しみたいに描かれるところがあって,それがちょっと良かったです。ああ,この夏の物語は終わるんだなぁ,という感じがして。


ただ,個人的には子供の「自由にならない」感じを描くのに「家」が出てくるのはちょっと共感できない部分がありました。それが「家族」という範囲までならわかるのですが,東京育ちの私には「家」という意識がどうもピンとこないんですよね。というか,これでピンとくる人って今だとどのくらいいるんだろうか…。その辺はこの物語の肝になる部分(いわゆる大人の理論に当たる部分)でもあると思うので,そこに理解がいかないのはちょっと辛かったかも。
あとは,個人的には青春小説ってある程度ユーモラスであることを期待してしまう部分があるので,それに関しては弱い作品だったなぁと。ただ,それはこの小説に求めるものではないのでしょうが。


とはいえ,全体的には良作だろうと思います。また別の機会に,「クレイジーフラミンゴの秋」も読んでみたい。


蛇足
「風を集めて」の歌詞を見て,なんのCMで流れてたんだっけなぁと思っていたら,東レのCMで使われていたんですね。「はっぴいえんど」自体は全然知らなかったのですけれど…。


「風を集めて」 http://www.youtube.com/watch?v=Ln1BcWTcRlg