「ジェネラル・ルージュの凱旋」

桜宮市にある東城大学医学部付属病院に、伝説の歌姫が大量吐血で緊急入院した頃、不定愁訴外来の万年講師・田口公平の元には、一枚の怪文書が届いていた。それは救命救急センター部長の速水晃一が特定業者と癒着しているという、匿名の内部告発文書だった。病院長・高階から依頼を受けた田口は事実の調査に乗り出すが、倫理問題審査会(エシックス・コミティ)委員長・沼田による嫌味な介入や、ドジな新人看護師・姫宮と厚生労働省の“火喰い鳥”白鳥の登場で、さらに複雑な事態に突入していく。
 将軍(ジェネラル・ルージュ)の異名をとる速水の悲願、桜宮市へのドクター・ヘリ導入を目前にして速水は病院を追われてしまうのか……。そして、さらなる大惨事が桜宮市と病院を直撃する。


私の中で,この作品は「チーム・バチスタ」シリーズの最高傑作です。いやぁ,これは面白かった!


先日参加しました「MYSCON8」の昼の部にて,海堂氏がこの作品を「事件が会議室で起きている!」という作品だとおっしゃっておりましたが,まさにおっしゃるとおり。これほどスリリングな「会議室小説」(?)は見たことがありません。正直,ラストでの速水の大立ち回りとでも言うべきICUでの治療シーンがかすんで見えるくらい,「エシックス・コミティ」から「リスクマネジメント委員会」での一連の会議シーンは緊迫感に満ちていました。


チーム・バチスタの栄光」では,取調べでの議論がメインになっていますが,今回は犯人探しよりももっと大きな「救命救急」をテーマにした議論がメイン。で,個人的には犯人探しよりもずっと面白かったなぁ。「エシックス・コミティ」での前哨戦,島津の「AI(オートプシー・イメージング)」の導入についての議論部分から,もう楽しくて楽しくて。現実での議論は「朝生」のように,堂々巡りになって面白くならないものですが,物語の世界では盛り上がりますねぇ。もっとも,私が医療と言う分野に対して門外漢であるため,白鳥調査官らの主張が正しく見えるだけという可能性もあります。ただ,回りくどい官僚的意見に対して,正論でズバッ!と丸め込むシーンは,本当に胸がすくような思いでした。正義のヒーローが悪役を裁くときの気分とまったく同じですねw


もちろん,キャラクター作りのうまさは相変わらず。今回はエシックス・コミティーのボスである沼田が名悪役として君臨したおかげで,会議室が大いに盛り上がりました。いちいち書類を作らせ,机上の論理を振り回し,妙なレトリックでイヤミを垂れる沼田のなんとも憎たらしいことw 過剰なほどの悪役の存在が,会議という地味な舞台を戦場のようなスリリングな舞台に変えてしまったのでしょう。
そして個人的に一番よかったのが,守旧派のボスとして登場した黒崎教授。「チーム・バチスタの栄光」では,いかにも古臭い価値観の持ち主で,目立ちたがりではあるけれど,それなりの度量の深さを見せていた黒崎教授ですが,今回はかっこいいぞぉw 白鳥や田口,速水といった「主役」側の価値観と別のところにいる黒崎教授だからこそ,「あの」発言ができたんですねぇ。
あとは「螺鈿迷宮」を読んでいない私にとっては,「氷姫」こと姫宮にはやっと会えたという感じでしたw あのキャラもありだと思いますw


ちなみに,この作品はほとんどミステリの要素はなく,「謎」といえば「内部告発者は誰か?」というう部分くらいでした。でも,「ナイチンゲールの沈黙」でミステリ部分が苦手だった私としては,ミステリなしのほうが楽しめる気がします。下手に謎を作らなくても,キャラクターと「会議」で十分に面白くできるだけの腕が筆者にはありますからね。


あえて作品のあら捜しをするならば,「ナイチンゲールの沈黙」を読んでないとかなり読みづらい部分があるように思えること。もともとが上下巻にして「ナイチンゲール…」と「ジェネラル・ルージュ…」の話を同時並行でやろうとしていたと言うことらしいので(それはやめて正解w),ある意味では仕方ないかも知れませが…。とはいえ,このシリーズはすべて読んでいる立場なので,実際にこの作品だけを読んだ方がどう思われるかはわかりませんけどね。
いずれにしても,いままでのイメージでは海堂氏の作品ってどこかしら欠点があるイメージだったのですが,今回はほとんど欠点がありませんでした。あ,あえて言うなら「廊下トンビ」こと兵藤が,田口センセにあしらわれるシーンがなかったのは不満かなw


まあ,ごちゃごちゃと難しいことは考えずに,手に汗握る会議シーンに興奮しながら読み進めるのが正しい読み方でしょう!


…それにしても,異物混入問題があったチュッパチャプスにとって,この作品は追い風になったのでしょうか?w