「冬の巨人」

終わりのない冬、果てのない凍土の只中を、休むことなく歩き続ける異形の巨人”ミール”。
その背に造り上げられた都市は、人々の暮らす世界そのものだった。都市の片隅に住む貧しい少年オーリャは、神学院教授ディエーニンの助手として、地上から、そして空からこの”世界”の在り方を垣間見、そこで光り輝く少女と出会う。
”世界の外”から訪れた不思議な少女は、老い果てた都市になにをもたらすのか。そして、千年の歩みの果てに巨人がたどり着くところとは──奇才・古橋秀之が描く異世界ファンタジー


古橋氏は結構濃いSFを書かれる方のようで,私にも楽しめるか心配していたのですが,まったくの杞憂でした。この作品はSFというよりもファンタジー。それも,今年読んだ本の中で最も人に勧めやすい,万人が楽しめる作品です。


物語の最初(序章)は,キャラクターや世界観の紹介から始まるのですが,その説明がとても丁寧でわかりやすく,かつ自然にはじまっているのを見て,うまいなぁと思いました。古橋氏の盟友(?),秋山瑞人氏の作品が,世界観の説明なしに話を進めるのと比べると,実に親切設計になっておりますw この序章の部分から最後まで,「よくわからん…」という部分がまったくない,何の心配もなしに楽しめる上質なエンターテイメント作品でした。


この作品の何が魅力か,となると,まぁファンタジーな雰囲気でしょうなぁ。「巨人の体が人の住む街になっている〜」とか,そんな説明はできるのですが,それだけじゃ絶対に伝わらない,全体をとおした雰囲気がいいんですよね。だから,すいすい読めてしまうのでしょう。
なんとなく思ったのは,物語的として我々が慣れ親しんできた世界観を,とても高い筆力で動かしているからこそ,これだけ純粋に「楽しい」作品なのかな,ということです。キャラクターは,とぼけているようで実は頼りになる主人公のオーリャとその飼い猫,優秀だけれど当局ににらまれているディエーニン教授,頭の固い官僚タイプのウーチシチなど,類型的ともいえるくらい「ありがち」ですし,世界観も,「街が巨人」ということ以外はどこかで見たような設定(貧乏人の住む「外世界」と金持ちの住む「天球(二エーバ)」)なんですよね。だから,変な設定とか,意外な結末とかで楽しませると言うよりも,精度の高い,安心して楽しめる作品だぁ,と感じたのだと思います。


ストーリーとしては,やはり後半部分が面白かったです。ディーエニン(変わり者の?教授),ザボーディン(政治家),ウーチシチ(神学者)が,それぞれが自分の立場で,「ミール」(街)の市民のためを思って議論を交わすところは,なかなかの盛り上がりです。主人公の立場から言えば悪役になるウーチシチも,かなりまともな人だということがこの辺りでわかります。やっぱり,ただ残虐非道な悪役よりも,それなりに哲学を持った悪役が登場したほうが,物語って盛り上がる気がします(ガンダムのシャアとかもそうだしw )。
また,世界は金持ちの「天球(二エーバ)」と貧乏人の「外世界」に二分されていますが,一方的に金持ちの人々が断罪されるような展開にならないところも私の好み。「それぞれがそれぞれの立場で最善を尽くし,協力しあう」という考えは,理想的過ぎると言えばそれまでですが,でも物語なんだしいいじゃないw


まあとにかく,非の打ち所のない,完成度の高い作品だという感じです。書評サイトなどを見ていると「巨人の正体は?」とか「レーナは何者?」という部分が気になるという方もいるようでしたが,私としてはあまり気になりませんでしたし。たぶん,ファンタジーだからOKなのかもしれません。「紅の豚」を見たときも,ポルコが何で豚になったのかなんて,どうだって良かったしなぁ。
あえて一点,個人的な難点を挙げるとすれば,主人公のオーリャがもてすぎることw 涼宮ハルヒシリーズを読んでよくわかったのですが,私はハーレムものは苦手なようですw


とにもかくにも,とても人に薦めやすい作品です(話が短いことも含めて)。レーベルがレーベルではありますが,サブカル臭とかまったくしないですし。