「老ヴォールの惑星」

偵察機の墜落により、おれは惑星パラーザの海に着水した。だが、救援要請は徒労に終わる。陸地を持たず、夜が訪れない表面積8億平方キロの海原で、自らの位置を特定する術はなかったのだ―通信機の対話だけを頼りに、無人の海を生き抜いた男の生涯「漂った男」、ホット・ジュピターに暮らす特異な知性体の生態を描き、SFマガジン読者賞を受賞した表題作ほか、環境と主体の相克を描破した4篇を収録。著者初の作品集。


SFの短編集。もっとコアなSFかと思っていましたがどの話も読みやすかったです。一番面白かったのは,やはり「漂った男」でしょう。


「ギャルナフカの迷宮」
政治犯などが連れて行かれる「ギャルナフカの迷宮」でのお話。なんとなく,悲惨なお話になるのかな,と思っていたら全然そんな話ではありませんでした。「ギャルナフカの迷宮」という極限状態,すべての人間が相互不信に陥っている中で,新しい「社会」を築いていく過程を描いています。
ちと話がうまく行き過ぎる感じがあるのと,題材としては長編に向くかなぁ,という部分はありましたが,まあ面白かったです。


「老ヴォールの惑星」
これは思いっきりSFですねぇ。最初は何の話か全然わからなかったのですが,ちょっと読み進めると設定がわかるようになっています。有川浩の「空の中」に出てくる「白鯨」にちょっとイメージが似ている感じかな?
とてもスケールの大きなお話ではありますが,それでも「ついていけない…」という感じはありませんでした。世界観を親切に説明してくれているからでしょうね。


「幸せになる箱庭」
うーん,これはちょっとオチが弱いかなぁ。作中に出てくる「トランザウト」という設定は使い古されているので,上手に使わないと面白くならない気がします。


「漂った男」
惑星パラーザで無人の海を漂った男の話。話の序盤は,乙一の「落ちる飛行機の中で」みたいに,極限状態をコメディータッチに描くのかと思っていました。外から見ると「無人の惑星で遭難」という極限状態だけれど,実はパラーザの水は「食える」ので餓死の心配はなく,気候も良くて過ごしやすいという状態を,主人公のタテルマが楽しむという感じで。
しかし,話は「孤独との戦い」という深刻な問題になっていきます。そんな中,無線機で話しかけ続けるタワリ中尉が本当にいい奴なんですよねぇ。このタワリ中尉との友情というのが,このお話のキモになっているのかな。
ちなみに,このお話のラストシーンって,「猫の地球儀」のオマージュと捕らえていいんですよね?