哀愁の町に霧が降るのだ〈上巻〉 (新潮文庫) 哀愁の町に霧が降るのだ〈下巻〉 (新潮文庫)

脚本学校に通い,小さな雑誌社でアルバイトをしている椎名誠,大学生の沢野ひとし,弁護士をめざす木村晋介,唯一の給料取りイサオ。東京のはずれ,江戸川区小岩の中川放水路近くにあるアパート「克美荘」の,昼でも陽の差さない汚い六畳の部屋で,四人の男達の共同生活がはじまった…。
椎名誠とその仲間達の,悲しくもバカバカしく,けれどひたむきな青春の姿を描いた長編。


椎名誠の青春時代を描く「スーパーエッセイ」シリーズの最初にあたるこの作品。このあとは「新橋烏森口青春篇」「銀座のカラス」「本の雑誌血風録」「新宿熱風どかどか団」と続いていきます。私は「新橋烏森口青春篇」から順番に読み始めたこともあり,なぜか最初の作品である「哀愁の町に霧が降るのだ」を最後に読むことに。 …あぁ,ついに全部読んでしまったなぁ…。


まずはこの作品を紹介する前に,私はこのシリーズの中の「銀座のカラス」が大好きである!ということを書きます。ちょうど私が会社勤めを始めた頃(2年ほど前)に,友人から「新橋烏森口青春篇」を勧められて読んだところ見事にはまってしまい,それから続けて「銀座のカラス」を読みました。この2作は椎名さんが「ストアーズ・レポート」という小さな業界紙(従業員は20人くらいだったかな?)に勤め始めた頃のお話で,新入社員たる自分と同じ境遇の椎名さん(銀座のカラスでは「松尾」という名前です)が「あやしい」会社の中でガンバッテいる,という描写に妙に共感する部分があったのだと思います。「ガンバッテいる」と書くとなにやら熱血的な感じがするのですが,そうではなくむしろ「グダグダ」で,同僚と酒ばかり飲むわ,夜の会社に忍び込んで賭けポーカーに興じるわと,なんとも堕落的なのですが,だからこそ「青春」の臭いがするのです。
もちろん,実際に仕事のほうもしっかりとガンバッテいて,徐々に仕事を覚えていく描写などもとても楽しいですし,何よりも「ストアーズ・レポート」社で新しい雑誌を企画するあたりの話もとても面白い。数十年も前の新人サラリーマンの青春物語が,現代の新人サラリーマンたる私から見てもひどくうらやましく,それでいてしっかり共感できてしまうというのですからすごい。こういう作品が「名作」というのだろうなぁと思いました。


さて,この「哀愁の町に霧が降るのだ」は椎名さんがサラリーマンになるよりも前のお話。高校生時代くらいから始まって,メインになるのは「克美荘」というぼろアパートで4人の友人達との共同生活を描いた部分。この克美荘でも,やはりというか酒ばかり飲んでいますw 克美荘での「かあちゃん」であり「とうちゃん」でもあるしっかりものの木村が作る,「男の」鍋料理もやたらとうまそうで,やはり「うらやましく,共感できる」という感じでした。
このシリーズの特長と言えば,「オチなし,ヤマなし,意味なし」という,まったく小説らしくないところで,この作品もまったくそのとおりになっていますw しかし,学生が集まって,ただただ酒を飲むということの楽しさが,これだけストレートに表現された作品というのもなかなかないだろうなぁと思います。もう,これを読んでいる間はビールが飲みたくて仕方がなかったですからねぇw 中村航の「突き抜けろ」が面白かったという人であれば,十中八九,楽しめるのではないでしょうか。
ただ,この作品の構成が,現在(といっても出版されたのが1980年代みたいだ)と克美荘時代をいったりきたりで話が進むのが面倒くさい!正直な話,現在の話はいいから,克美荘時代の話だけやってくれぇ,という気分でした。これがなかったらもっと楽しめたんだろうになぁ…。


まあとにかく,椎名さんのこのスーパーエッセイシリーズ,それも特に「新橋烏森口青春篇」と「銀座のカラス」までについては絶対にお薦めなのです!昔に出版された作品ではありますが,椎名節ともいえる軽妙な語り口(いわゆる「昭和軽薄体」ですね)もあり,まったく古くささは感じさせません。そして何よりも,男供の青春と言うのは,時代が違えども同じよなもので,共感できるんですよねぇ。このサイトを見てもわかるとおり,私はどちらかと言えば現代的な小説ばかり読んでいて,古いものはちょっと苦手なんですが,そういう人でも全然問題なく読めるのではないでしょうか。


ネタバレでもないけれど…

「哀愁の町に霧が降るのだ」の最後の章である「サヨナラ」がすごく好きです。このときはもう,椎名さんは克美荘から出て働き始めているのですが,椎名さんと沢野ひとしのこの会話がすごいいいです。

沢野 「来月になったら(克美荘に)行って見ようかな」
椎名 「ああ,俺もそう思っているんだ。鯖の缶詰を十二個ぐらい持って」

この「鯖の缶詰を十二個」という感覚がなんともw サラリーマンになって,学生時代よりも金を持っているけれども,やはり克美荘には「鯖の缶詰」とかが似合う感じですもんね。しかし,12個という数がサラリーマンならではという感じで。
あと,これは「新橋烏森口青春篇」あたりでがんがん描かれるのですが,椎名さんの昔の描く東京の描写ってすごくいいんですよね。この章では新橋辺りの描写がちらっと出てくるのですが,やっぱりいいなぁ。