「塩の街」

塩が世界を埋め尽くす塩害の時代。塩は着々と街を飲み込み、社会を崩壊させようとしていた。その崩壊寸前の東京で暮らす男と少女。男の名は秋庭、少女の名は真奈。静かに暮らす二人の前を、さまざまな人々が行き過ぎる。あるときは穏やかに、あるときは烈しく、あるときは浅ましく。それを見送りながら、二人の中で何かが変わり始めていた。そして―「世界とか、救ってみたいと思わない?」。そそのかすように囁く男が、二人に運命を連れてくる。第10回電撃ゲーム小説大賞・大賞受賞作。圧倒的な筆力で贈るSFラブ・ファンタジー


有川浩のデビュー作である「塩の街」がハードカバーで出版されたと言うことで,ついつい購入。本編である「塩の街」に,「塩の街,その後」を加えて400ページちょっとの長編作品になっています。
私は「海の底」から有川作品を読み始めたのですが,「自衛隊三部作」の「陸」に当たるというこの作品は未読でした。読んでみて何より思ったのは,有川氏はデビューからまったく芸風変わってないなぁ,ということでしたw どうしても自衛隊ラブストーリーになるのねw


人が塩になって死ぬと言う病気「塩害」の蔓延によって,廃墟化しつつある東京が舞台になっています。終末感の漂う世界で,行きがかり上一緒に暮らすことになった秋庭と真奈。二人が塩化した東京で偶然出会った人々は,さまざまな事情を抱えていて…,というのが前半のお話。
塩害によって廃墟化した東京の雰囲気はなかなか面白く,装丁の美しさもあってか,人気のない,真っ白な東京というのはなかなかにきれいかもしれないな,と思って読んでいました(ちなみに,「空の中」「海の底」もそうですが,このシリーズの装丁は本当に素晴らしいです)。そんな東京で秋庭と真奈の出会う人々も魅力的ですし,優しいけれどもきれいごとだけではいかない真奈の心情も,好印象でした。また,出だしの秋庭(ツンデレ男w)と真奈(女子高生)の掛け合いにも,笑わせてもらいました。この前半の展開で,終末的な東京を刻々と描いても良かったんじゃないかなぁ,と個人的には思っているのですが…。


話の後半では舞台が立川駐屯地に移り,実は自衛官パイロットである秋庭が「世界を救う」というお話に(詳細は省きます)。立川駐屯地の描写は,いつもどおりの有川浩自衛隊員の世界で,これはこれで良いのですが,不満が残るのは終盤の無理のある展開ですねぇ。入江が真奈に対してあそこまでする理由は納得しかねますし,そもそも秋庭が中心となって実行したプロジェクトにしても,「もっといい方法あるだろう!」と突っ込まざるを得ない…。この話のテーマ(最終章のタイトルになっている「君達の恋が君達を救う。」)はわかるのですが,それを描きたいがために設定が強引になってしまっている感じです。もう少し設定を詰めてくれれば,後半の話も楽しめただろうと思うだけに,なんとももったいないなぁという感じです。


そしてハードカバー版で加筆されている「塩の街,その後」については,ちと私にはきついです!w もう,延々とラブストーリーが続くんだものw 有川浩の作品は,男の子が喜びそうなSF的設定と,女の子が喜びそうなベタベタラブストーリーという二つの要素から構成されていると思うのですが,私の場合はSF的設定があるからこそベタラブストーリーもなんとか読めているという感じなんです(「空の中」の光稀と高巳のやりとりなんて,「白鯨」の設定なかったらむず痒くて読めないってw)。で,「塩の街,その後」ですが,こちらはSF的な設定がほとんどないので,もうベタベタラブストーリーの連発w 立ち読みでギブアップした「クジラの彼」なんかに近いイメージで,やはりこれは女性向けの内容といってよいのでしょう。つうわけで,「塩の街,その後」については私が何か言える資格はまったくなし!何も感想はありませんw


さて,本編とは関係ない話ですが,私は「海の底」を読んだときに「有川浩に長編書かせようとした人はすげぇセンスあるなぁ!」と感心していたのですが,あとがきによると,実はデビュー作の「塩の街」からハードカバーで出す予定だったそうです。さすがにライトノベル業界でトップを走るだけあって,電撃文庫ってのはなかなか柔軟というか,懐の深いところがありますね。
同じくあとがきで,有川氏は「大人にもライトノベルを分けてくれよ」という方針で作品を書いていると言っていて,この表現はまさに有川浩という作家を見事に言い表しているなぁと感心しました。有川作品って本当にそんなイメージですからね。まあ,より正確に言えば「女性にもライトノベルを分けてくれよ」という気もしますけどw