「サクリファイス」

勝つことを義務づけられた〈エース〉と、それをサポートする〈アシスト〉が、冷酷に分担された世界、自転車ロードレース。初めて抜擢された海外遠征で、僕は思いも寄らない悲劇に遭遇する。それは、単なる事故のはずだった――。二転三転する〈真相〉、リフレインの度に重きを増すテーマ、押し寄せる感動! 青春ミステリの逸品。


銀河英雄伝説全巻読んだよー!ってな感想を書くつもりだったんですが,それは次回の更新のときにします。というのも,銀英伝読了後,積んでいた「サクリファイス」を読んでみたら素晴らしい作品だったので。いやぁ,銀英伝であれだけ楽しませてもらった直後,こんな傑作にあたるとは。これだから本読みはやめられねぇw


とにもかくにも私の好みのど真ん中ストライクなんです。幾つか挙げてみますと…

・よくまとまっている中編小説
・ミステリくさくない
・事件の真相が物語のテーマに直結
・スポーツ物で「縁の下の力持ち」に光を当てている


まず一つ目の,よくまとまった中編小説である,という点について。短い作品ながらもとてもよくまとまった,まさに「無駄がない」構成で,よくこれだけの内容をこのページ数でまとめたものだと思いました。それも,一般的にはあまり知られていない自転車のロードレースの話なので,競技の解説も入れていかなきゃいけない中でよくもまぁ,という感じです。実際,自転車レースについてほとんど知識がない私でも話しの内容は十分に理解できました。


次に,ミステリくさくないという点。あんまり推理に興味がない私としては,「事件が起こって,犯人探しが会って…」という流れのミステリはあまり好みじゃないんです。どちらかと言えば,物語があって,その中にミステリ的な要素が出てくる,というほうが好きなんですよね。この作品は,主人公の誓(ちか)を中心とした自転車のロードレースという話の軸があって,その中で事件が起こるという感じなので,読みやすいです。


そしてその事件自体も,謎解きのための仕掛けというよりは,物語のテーマをよりはっきりさせるための仕掛になっています。帯に「テーマと題材が不可分に一致した」と書かれていて,まさにそのとおりだと思いました。実際,すべての真相を知ったときには,驚き以上に心を揺さぶられるものがありました。「葉桜の季節に君を思うということ」の感想でも書きましたが,私は騙すための仕掛けが見事な作品よりも,真相がわかったときに感動(やっぱり安い言葉だ…)がある作品が好みなんです。この作品は,真相が明らかになるとテーマが見事に明らかになって,それが感動につながりました。…感動と言うよりは「すげぇ…」といったほうが性格かもしれませんが(よくわかりませんねw)。


そして最後の「縁の下の力持ち」という点。プロ野球で言えば,私は中継ぎ投手とかすごい好きなわけですよw …それはいいとして,この作品の主人公である誓はロードレースでのサポート役という立場で,簡単に言えば「チームのエースを勝たせるためにペースを作ったりする立場」という感じです。もちろん,レースに勝てるだけの実力を身につければ誓自身がチームのエースになって勝ちにいくこともできるわけで,実際に「ツール・ド・ジャポン」では幸運も重なって誓がエースである石尾よりも上位につけることになります。そうなったときに,自分が勝つことを狙うのか,石尾のサポートに徹するのか…といった迷いも生じるわけです。そんな心理的な揺れなんかも含めて,サポート役としての誓の立場というのがとても良かったです。


…できるだけネタバレしないように頑張って書いたんですが,ネタバレしないとどうにも言いたいことがいえない気もしますな…。何はともあれ,とにかく面白い作品で,「傑作」といっていい出来だと思います。自転車レースに興味のある方もない方も,ぜひ読んでみてください。


以下ネタバレ

チームのエース候補たる伊庭の存在がすごい良かったです。サポート役に徹する誓と伊庭で意見の相違はありますが,それでもお互いを認め合っている。しかしそれでいて「スペイン行きの切符は譲れない」というライバル心もあり,とても複雑です。そんな中,石尾のサポートで体力を使いきった誓に対して,伊庭がサポートに回るシーンなんかはすごく好きでしたね。


また,細かいところでうまいなぁと思ったのは,誓のスペイン行きを決めたきっかけになったレースをめぐっての誤解です。実際には伊豆でサポートに徹したことが決め手になったのに対して,悪役たる(?)袴田はルクセンブルクでの単独の走りだと思っているあたりに,二人の意識に「超えられない壁」があるんだなぁと思いました。こういう細かいところまで気を配って書かれている点は素晴らしいと思います。