「ブラックペアン1988」

外科研修医世良が飛び込んだのは君臨する“神の手”教授に新兵器導入の講師、技術偏重の医局員ら、策謀渦巻く大学病院…大出血の手術現場で世良が見た医師たちの凄絶で高貴な覚悟。


チーム・バチスタ」シリーズの外伝にあたる作品で,高階が東城大学に着任したばかりの頃のお話。語り手にあたるのは新人の世良ですが,話の中心は高階,佐伯,渡海,世良の4人になっています。
高階を話の中心として見ると,高階が食堂自動吻合器「スナイプAZ1988」の使用を広めるため,佐伯総合外科に乗り込み,成果を挙げるまでの話といえます。この場合,一番の山場になるのが4章の「誤作動」になります。高階が「スナイプAZ1988」を使った手術を成功させて実績を上げる中,「スナイプAZ1988」の売りである「誰にでも使えること」を証明するために,関川を術者として手術を行うシーンです。
一方,佐伯と渡海を中心にして考えると,山場は5章の「ブラックペアン」になります。佐伯が手術時にブラックペアンを準備する理由や,渡海と佐伯の関係など,序盤で示された謎がここで解決されます(とはいえ,この作品ではミステリ要素はそれほど強くないのですが)。
はたまた,語り手である世良を中心と見ることもできます。この場合は,佐伯総合外科で働くことになった新米外科である世良が,佐伯・渡海・高階という,異なる価値観を持つ3人の医師達と働く中で成長していく過程がメインになります。特に渡海が世良に与える影響は,なかなかに大きなものになっています。


…とまぁ,見方によってはいろいろな楽しみ方ができますし,すべての話は共通のテーマ(患者の治療に重要なものは何か?)につながっていると言えるでしょう。実際,読んでいて楽しかったのですが,ちょっとまとまりを欠くかな,と思うところもありました。特に,4章,5章と山場が続いてしまうのが,構成としてちょっとメリハリがなぁ…と思ったり。まぁ,これは好みの問題ですがね。


ちなみに,今回は「このミス」大賞を受賞したチーム・バチスタのシリーズとはいえ,宝島社ではなく,講談社から出版した番外編ということもあってか,ミステリの要素はそれほど強くありません。一応,佐伯と渡海との関係や,ブラックペアンの秘密などの謎の部分はあるのですが,それはあくまで物語のスパイスにあたる部分になっていて,話の本筋にはなっていません。私としては,海堂氏はそれほどミステリにこだわらず,堂々とメディカルエンターテイメントをやればよいと思っている立場なので,その点ではこの作品は評価したいな,と思います。実際,ミステリなくても十分に話は盛り上がっていますしね。


とまぁ,少し難点はあるものの,なかなか楽しく読めました。バチスタシリーズを読んでいる立場としては,シリーズの主要キャラの若い頃が見られる,というところも魅力の一つになりましたしね。ただ,田口センセの若い頃とかはイメージできたのですが,猫田だけは「若い」と言われてもなにか納得できないところがw 若い猫田というのはひどく違和感がありましたw