「銀輪の覇者」

戦争の足音が忍び寄る昭和九年、軍部の暗躍から実用自転車を使用した前代未聞の本州縦断レースが開催される。多額の賞金を狙い寄せ集めチームを結成した響木、越前屋、小松、望月の四人は、各々異なる思惑を秘めつつ、有力チームと死闘を繰り広げるが…。一攫千金を目論む出場者の悲喜劇、ロードレースの戦略や駆け引きを、日本推理作家協会賞作家が圧倒的なリアリティで描く、感動の自転車冒険小説。


サクリファイス」の影響で,自転車ロードレース小説をもっと読んでみたくなり,この作品に手を出してみました。「サクリファイス」とはだいぶ雰囲気の違った作品ではありますが,なかなか読み応えもあり,全体的に楽しめました。


戦前に,実用自転車(商業用だったっけ?)を使って行われたと言う「大日本サイクルレース」が舞台。このレースに参加した寄せ集め集団「チーム門脇」のレースを中心に,その背後で生まれる様々なドラマを描いた作品です。正直,いろいろ詰め込みすぎたという感じもありますが,「大日本サイクルレース」がなぜ開催されたかなどの謎についてはきちんと答えが出ていたりと,それなりに伏線は回収されています。
レースシーンにしても,それほど「リアル」という感じはしませんが,キャプテンの響木(唯一のロードレース経験者)の指示の元,チームでサポートしあいながらレースを進めることや,翌日のレースに備えて疲労を残しすぎないことなどの重要性を,「チーム門脇」の選手達が徐々に理解していき,選手として成長していく過程は見ていた楽しかったです。特に越前屋や望月なんかは,初めの頃の無茶苦茶なレース振りと比べると格段の進歩ですからねw ちなみに,これらの重要性については「サクリファイス」でも散々触れられていましたね。


ただ,レースの間にぶちぶちと過去の話が入ってくる構成はちょっと面倒くさかったかなぁ。私の場合,どうしても「早くレースの続きを読ませてくれ」となってしまうので。あと,響木の過去,「チーム門脇」の各選手がレースに参加するに至る背景,「大日本サイクルレース」の裏舞台などなど,とにかく様ざまな話を盛り込みすぎたことで,ちょっと話が散漫になってしまった印象もあります。もう少し絞るか,ページ数をもっと増やすかしてくれたほうが良かったかなぁと思います。特に,響木がレースに参加を決めた動機については,あまりにも唐突だし弱すぎます。響木の過去(紙芝居屋の部分)についてきちんと書いているんですけどねぇ。響木と「あの人」との確執の背景をもっときちんと描いておけば,ラストシーンがもっと盛り上がったんだろうと思うのですが,どうでしょう。


とまれ,全体をとおして十分に楽しめる,よいエンタメ小説だと思います。ちなみに,この小説を読んでいる間,なぜか妙に「小説読んでるなぁ」という気分がしましたw おそらく,私が比較的若い世代の作家が書いた小説を読むことが多いせいで,少し変化球気味な作品に触れることが多く,こういう正統派の小説を読むことが少ないからなのでしょうw こういう小説も,なかなか悪くないですね。


ネタバレ
最終的に「大日本サイクルレース」は途中で中止になったことが,ラストシーンを盛り上げる演出になっていて良かったです。レースの中止が決まった時点で,このレースに勝ったところで金にも名誉にもならない,という状況ができてしまったのですが,それでもひたすらに勝ちにいく響木の姿には胸を打たれるものがありました。何にもならないとわかっていても,自転車選手として負けられないんでしょうね。その響木のサポートに回った選手達や,反則行為を咎めに入ったドイツ選手なども,本当に格好良かったです。


…あと,響木の本名が結局わからなかったけれど,結局彼は何者だったんでしょうか?きちんと読めていればわかるんでしょうか…?