「日傘のお兄さん」

それは突然だった。保育園の頃、毎日遊んでくれた大好きなお兄さんが、中学生になった夏実の前に現れた。「追われているんだ。かくまってくれないか」なんとお兄さんはロリコン男としてネット上でマークされていて!?こうして、夏実とお兄さんのちょっとキケンな逃避行が始まった―。可愛いだけじゃない。女の子のむきだしの想いが胸をしめつける、まぶしく切ない四つの物語。


4編の短編・中編からなる作品。「檸檬のころ」に比べると,こちらの方が好みでした。ただ,やはり豊島氏の作品ではエッセイの「底辺女子高生」が一番ですねぇ。どうにも,小説になるとどこか入り込みにくいところがあるんだなぁ…。それぞれの作品の感想を…。


「あわになる」
交通事故で死んだ女性が,幽霊として過ごす数ヶ月間を描いた作品。生に執着がなく,死んでからもそれほど哀しみを感じなかったみずえが,学生時代に好きだったタマオちゃんの結婚生活を覗くうちに,徐々に気持ちが変わっていく,という内容です。設定自体はそれほど珍しくはないですが,淡々とした文章よい味を出していますし,生前の記憶が徐々になくなっていく描写にもリアリティーが感じられてよかったです。ただ,死んだあとに,学生時代に好きだった人のところでじっとしているだけってのは,乙女チック過ぎる感じもあって,感情移入しにくい部分はありますね。好みの問題ですけれども。


「日傘のお兄さん」
表題作ではありますが,もうちょっとかなぁ…。インターネットの掲示板などで「ロリコンの危険人物」としてマークされてしまったお兄さんと,その幼馴染(?)の女子中学生の逃避行を描いた作品。ただ,逃避行でありながら,どうにも緊張感に欠けるというか,どきどきはしないわなぁ。これを読む前に,伊坂幸太郎の「ゴールデンスランバー」を読んでいるだけになおさら,ということもありますが。。。2ちゃんねるみたいな匿名掲示板に書き込んでいる不特定多数に監視されているため,どこに逃げても誰かが見ている…という恐怖感は一応表現されていますが,やっぱり弱いかな。もちろん,この作品のメインテーマが逃避行の過程にあるわけではないとわかってはいますが,ある程度長さのある中編作品なので,その辺もうまく書かれていればよかったかなぁと思います。


「すこやかだから」
この短編集の中では一番好きかも。小学6年生の女の子と,小学5年生の男の子の不思議な交流を描いた作品。なんというか,思春期の女の子の,まったく私にはわからん感情をちょっと覗かせてもらった,という感じです。いや,本当によくはわからんのですが,面白かったです。…なんの感想にもなってませんねw


「ハローラジオスター」
高校時代まで東京で好き勝手やっていた知世が,地方の大学でのノブオとの出会い,そして就職活動を経て変わっていく,という感じのお話。知世とノブオが,恋愛感情とは異なる理由でなんとなく付き合い始めて,分かれていくまでの描き方がなかなかおもしろかったです。ノブオというキャラクターの使い方もうまく,あのラストシーンにはなかなかインパクトがありました。ただ,就職活動を経て,知世がとてもわかりやすい,お手本どおりの無個性な変わり方をしていて,そこにちょっと面白みがなかったかも。無茶苦茶なキャラクターとして描かれていただけに,その面影が見える形で変化してくれないと,ちょっとリアリティを感じにくい気がします。