「闇が落ちる前に,もう一度」

この宇宙はどうして生まれたのか?宇宙の果てはどうなっているのか?“宇宙の本当の姿”を追い求め、ある独創的な理論に到達した宇宙物理学者。しかしこの理論に従うと、宇宙の寿命はわずか17日間ほどでしかなくなる。バカバカしいまでの理論の誤りを証明するために、彼は大がかりな実験を始めたのだが…。表題作のほか4編を収録。


「神は沈黙せず」や「アイの物語」の元になるようなアイディアが詰め込まれた作品。山本弘の入門書として読むにはいい作品かもしれません。まぁ,長編2作を既読の方でも,それらの作品で登場する理論やアイディアを見つけては,「よっ!山本屋!」などと言いながら楽しむ方法もありますがw


「闇が落ちる前に,もう一度」
個人的には一番面白かった作品です。とにかく「極大エントロピー」理論が壮大すぎて,それだけで圧倒されてしまう素敵なSF作品。サルに何兆回もタイプライターを叩かせれば,いつかはシェイクスピアの作品が生まれるとか,もうわけわからなくて素敵じゃないですかw また,山本SFは理論をいちいちわかりやすく説明してくれるので,私のようなSF的知識の乏しい人間でも理解しやすいんですよね。前に「神様のパズル」を読んでよくわからんかっただけに,山本SFの親切設計がありがたい限りです。。。


「屋上にいるもの」
天井から聞こえてくる「たたん すたたん…」という謎の音の正体を突きとめるまでを描いた作品。…これはイマイチかなぁ。ミステリとしてもホラーとしても完成度は高くないかなぁと…。屋上から聞こえてくるものの正体が,もっととんでもないものだったら面白かったんだろうけれども。山本氏の作品としては地味すぎる,ということもあるかもしれません。


「時分割の地獄」
AIのアイドルであるゆうなと,TVタレントの男性(名前はあったかな?)が,テレビのトーク番組で「AIに心があるか」を討論するという作品。…って,もろに「アイの物語」で使われているネタですがなw 「アイの物語」を読んでいない方は,山本氏のAIに対する考え方に驚かされると思います。が,せっかくならその驚きは「アイの物語」で感じて欲しいかなぁ…などとも思ってしまいますが。この作品については,完全に「よっ!山本屋!」という感じで楽しんでおりましたw


「夜の顔」
「屋上にいるもの」はホラーとしてイマイチでしたが,こっちは怖かったし面白かったです。勝也が目撃した,夜にだけ現れる謎の「夜の顔」をめぐってのお話。勝也は,「夜の顔」が自分だけに見えている妄想なのか,それとも実際に存在するものなのかを実証するために,精神科医にかかったり,実際に写真で撮ってみたりします。この作品,とても山本弘っぽいところが,勝也の考え方が「夜の顔が自分の妄想で,実際に存在しないことを証明したい」というものなんですよね。話の展開から言えば,普通は「夜の顔」が存在することを証明する流れになりそうですが,そうはならない。だって,実際にいたら大変だもんねw この思考回路の正しさからも,勝也が妄想によって「夜の顔」を生み出しているわけではない,といことがわかりますわな。


「審判の日」
ある日突然,多くの人間の姿が忽然と消えてしまう…という世界感から始まる作品。これはどちらかと言えば「神は沈黙せず」につながるアイディアと言えるでしょうか。最初のシーンで,亜矢子がラジオで聞く「ぷしゅ」という音,そして家の外から聞こえてくる「がしゃーん」という音など,ディテールがとてもよく描かれていたと思います(音の正体が何かは実際に読んでいただければわかるかと)。人口が一気に減ったあとの,廃墟のような街のイメージもなかなか良いです。あえて欠点をあげるとすれば,ヒロインの亜矢子。だって,すげぇ嫌な女なんだもんw まぁ,それを抜きにすれば楽しめる作品だと思いますw