「時砂の王」

西暦248年、不気味な物の怪に襲われた耶馬台国の女王・卑弥呼を救った“使いの王”は、彼女の想像を絶する物語を語る。2300年後の未来において、謎の増殖型戦闘機械群により地球は壊滅、さらに人類の完全殱滅を狙う機械群を追って、彼ら人型人工知性体たちは絶望的な時間遡行戦を開始した。そして3世紀の耶馬台国こそが、全人類史の存亡を懸けた最終防衛線であると―。期待の作家が満を持して挑む、初の時間SF長篇。


さすがに各所で評判の良い作家さんだけはありますわ。時間SFとしてはもちろん,エンターテイメント作品としてのツボもしっかりと押さえていて,安心して楽しめる作品でした。ただ,私はすこぅし頭の回転が遅く,ところどころ「どういうことだ?」と考えながら読むことになってしまいましたが…。


さて,この作品は小川氏初の時間SF作品。この作品で特徴的なのは,歴史改変が起きることを前提としているところでしょう。タイムスリップものでは,タイムパラドックスの問題などから,基本的に過去の歴史を改変してはならないことになっていますが,この作品では未来からの人間が過去に介入した時点で,歴史は複数に分岐するとしています。つまり,同じ年代であっても,複数の平行世界が存在する,という感じです。作中ではこのことを一本の木(一本の幹(人類の起源が発生する時期)から複数の枝(平行世界)が生えている)のイメージとして語られています。最初このイメージがつかめなくて,なかなか話を理解できなかったんだよなぁ…。


ただ,理解が進んでいくと,この世界観が作中のテーマとしてしっかりと生きていることがわかります。人類の歴史(木の幹)を守るために,複数存在する平行世界の人々(木の枝)を犠牲にするかどうか…,このことについて,物語の主人公たるオーヴィルは深く悩むことになります。「全体の利益を優先するか,個人の尊厳を尊重するか」というのは,一つの国家の問題としても語られるような重要な問題で,とても重いテーマになっています。実際に,オーヴィルは愛する女性が存在していた時代を犠牲にしているというエピソードがあるだけに,余計に重く感じられます。


ただ,それをしっかりとエンターテイメントとして消化しているのが小川氏の手腕の素晴らしいところ。日本の邪馬台国の時代を時間遡行戦の最終防衛ライン(どういうことかは実際に読んでみてください)に設定しているところがミソですね。人とETとの原始的な方法での戦闘シーンなど,適度に挿入されるアクションシーンも楽しめますし,邪馬台国の女王「卑弥呼」のキャラクターもしっかりと立っています。また,ところどころに見られる歴史改変の跡なんかも,読んでいて楽しいです(「剣卓」という地名がどこを示しているかをしったときは笑ってしまいましたw)。ラストシーンでの卑弥呼の啖呵もなかなか格好良いですしね。短いページ数ながらも,こうしたエンターテイメント的な要素がしっかりと盛り込まれているため,小難しいテーマや複雑な時間SFの要素を抜きにしても,楽しめるようになっています。


ただ,やはり私にはちょっと理解しきれない部分や,読み終えたあとに気づく点などもあり,少し疲れる読書であったのも事実です。読んだことのある時間SFが「涼宮ハルヒの消失」や「タイムリープ」といったライトノベルくらいしかない私には,ちょっと難しかったかもしれませんね。ただ,なかなかにお薦めの作品である,というのは間違いありません。