「国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて」

ロシア外交、北方領土をめぐるスキャンダルとして政官界を震撼させた「鈴木宗男事件」。その“断罪”の背後では、国家の大規模な路線転換が絶対矛盾を抱えながら進んでいた―。外務省きっての情報のプロとして対ロ交渉の最前線を支えていた著者が、逮捕後の検察との息詰まる応酬を再現して「国策捜査」の真相を明かす。執筆活動を続けることの新たな決意を記す文庫版あとがきを加え刊行。


リベラル・保守の枠に収まらず,いま最も論壇で勢いのある佐藤優氏の作品をはじめて読みました。私の佐藤氏のイメージというのは,手嶋龍一氏,魚住昭氏という,個人的に大いに信頼しているジャーナリストと親交があるという,とてもプラスのイメージです。さらに言えば「自壊する帝国」にて大宅壮一ノンフィクション賞,新潮ノンフィクション賞受賞という輝かしい実績もあり,これはいつか読まなくちゃなぁ,とずっと思っておりました。
そして実際にこの作品を読んでみたら,さすがに面白い!以下,この作品の感想を幾つか。


■全体の構成について
大きな構成としては,いわゆる「宗男事件」の実態を記したパートがあって,そのあとに検察とのやり取りのパートになる,といった感じです。全体としては少しまとまりに欠ける気もしますし,よく話が脱線するので,すこし読みにくい部分もあります。ただ,脱線した部分の話もなかなか興味深いものなので,なかなか文句もいいづらいw まぁ,処女作であることを考えれば,このくらいは目を潰れる範囲,ですかね。


■「バッシング報道」に対する批判として
鈴木宗男氏が逮捕される前の数週間,メディアでは鈴木バッシングが繰り広げられていました。もちろん,当時は鈴木氏の疑惑について,この作品で得られた様々な事情は知らなかったわけですが,それにしても報道の内容があまりにもひどい,という印象はありました(新聞の一面は,鈴木氏についての取るに足らない情報ばかりが掲載されていて,途中からこの事件についての記事を追うのを止めてしまっていました…)。この作品は,一度下り坂になった人物に対して,ニュースバリューがほとんどない情報,それも取材源がまったく明かされていない怪しい情報(それこそ,反対勢力によるリーク,と言うことも考えられるような…)を垂れ流すという「バッシング報道」に対する批判として,とても意義があると思います。
余談。「佐藤優鈴木宗男の運転手もやっていた」といった報道が当時なされていましたが,本書によると,佐藤氏は「日本の運転免許は持っていない」とのことw こんな「明らかな嘘」までが,当たり前の様に報道されていたんですよねぇ。しかも,それを訂正するような報道はほとんどなされない。もう,何とかして欲しいですわ。


■佐藤氏と検察とのやり取り
この作品でもっともページ数を割いているのが,西村検事と佐藤優氏によるやりとりの部分です。取調べと言うと,威圧的な態度で自白を強要する,というイメージがありますが,西村検事はそのような方法ではなく,徹底的に佐藤氏と会話する,という方法をとっています。また,佐藤氏も自説を曲げず,徹底的にやりあっており,その姿はとても真摯なものであるように見えました。もちろん,実際はこのような取調べばかりではないとは思うのですが,もともと持っていたイメージと大きく異なっていたので,驚きました。


■「国策調査」について
取調べと中で,西村検事が「これは国策調査だから」と明言していることが驚きでした。国策調査について述べている部分を引用すると,次のとおりです。

国策調査は「時代のけじめ」をつけるために必要だというのは西村氏がはじめに使ったフレーズである。私はこのフレーズが気に入った。
(西村氏)「これは国策調査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男氏をつなげる事件を作るため。国策調査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために,何か象徴的な事件を作り出して,それを断罪するのです」

「事件を作る」と言う表現も独特だなぁと思ったのですが,つまりは今まで慣例として行われていた小さな不正などを根拠にするということ。それこそ,鈴木宗男氏が逮捕されるに至った「やまりん事件」なんて,鈴木が受け取った金ってたったの500万円なんですよね。いわば,スピード違反レベルの不正を根拠にして事件に仕立て上げる,ということが「事件を作る」ということなんだと思います。
そして,圧倒的な世論を背景に,小さなことから事件を作り,一つの時代(バラマキ型の政治など)の転換を図る,というのが「国策調査」ということだそうです。西村検事いわく,佐藤氏が捕まったのは「悪かった悪かった。運が悪かった」ということだそう。確かに,このような「国策調査」は必要悪と言えなくもないなぁ,とも思いますが,ただ実際にそれでつかまった人のことを思うと,なかなか難しいものがありますねぇ。
ちなみに,堀江貴文氏の事件も「国策調査」と言えなくもないですね。ただし,こちらの場合は事件の規模が大きいことを考えると「事件を作る」というレベルではないのかな,などと私は思います。まぁ,詳細なことはわからないんですけれど。