「自壊する帝国」

第38回大宅ノンフィクション賞受賞、第5回新潮ドキュメント賞
賞、「新聞・雑誌の書評担当者が選ぶ最高! の本」第1位獲得−−。
国際スパイ小説よりスリリング!
外務省きっての情報マン、「ラスプーチン佐藤」はいかにして誕生したのか?
待望のインテリジェンス・ノンフィクション。
今、日本に求められているのは、この男の「情報力」だ!!

国家とは、こうもあっさり滅びてしまうものなのか!?
ソ連邦末期、世界最大の版図を誇った巨大帝国は、空虚な迷宮と化していた。そして、ゴルバチョフの「改革」は急速に国家を「自壊」へと導いていったのだった──。ソ連邦の消滅という歴史の大きな渦に身を投じた若き外交官は、そこで何を目撃したのか。


国家の罠」読了後,さすがにさわがれているだけはあって佐藤優はすごいぞと素直に思いました。そうなれば,彼のもう一つの代表作であり,大宅壮一ノンフィクション賞も受賞している「自壊する帝国」も当然読まなきゃいかん,ということで急いで読了。いやはや,これは文句なしに面白い!個人的にちょっとロシアに興味があったというのこともあり,本当に楽しく読めました。


■個人的にロシアに興味がある理由
大学当時,私は新聞学科というところにいたこともあってさすがに真面目に新聞を読んでいたのですが,その中でも国際面って結構好きだったんですよね。最近は経済面とかを優先的に読むようになってしまったのでなかなか国際面を見る時間が取れないのですが,社会人1年目くらいのときにたまたま見た国際面に,今でも忘れられない記事がありました。
それは,プーチンが押し進めている一般企業の国有化戦略にのっとってのことでしょうが,ロシア一の石油会社,ユコスの社長が脱税で捕まったという記事でした。何とはなしに記事を読み進めていくと,記事の途中に「ボドルフスキー氏はシベリア送りとなった」という一文が…。
もうね,「シベリア送り」ってスターリン時代とかのものだと思っていましたよ。それが,大会社の社長がいきなり「シベリア送り」ってw まぁ,いまになってみれば,シベリアの刑務所に送られたことを「シベリア送り」って表現しちゃう某産経新聞もどうかと思うのではありますが,それにしてもまぁすごい国だなぁと思ってしまいました。その後,ロシアの記事はちょっと優先してみるようにしていたら,例のポロニウムでの暗殺事件やらがあって,ますますすごい国だと思ったものです。そんな背景があったので,ソ連を舞台にしたこの作品をとても楽しみにしながら読み進めました。


■異形の青春記として
で,本題に入りますが,この作品で面白かったのはなんと言っても前半部分,佐藤氏が外務官僚になりたての頃のお話。舞台が新橋とかではなくイギリスやモスクワ,話される内容も政治や文化についてだったりするのですが,どことなく青春小説の臭いが漂っています。それはやはり,モスクワ大学でサーシャを中心とした神学部の連中とつるんで,飲んでばかりいるからなのでしょうw(私の青春小説の定義は,バカみたいに酒を飲むか否かという一点にしかないのかもしれませんが…)また,サーシャ以外にも,実はBBCのリポーターをやっている亡命チェコ人の古書店員など,魅力的な人物に出会っています。まぁ,こういう知り合いができちゃうこと自体,私とはまったく別の世界の話だなぁとは思うのですが,一方でこの時期,プロの外交官として意図的に人脈を作るというよりも,本当に偶然出会っているんですよね。そのあたりも,「外交官のお仕事の記録」というよりも,異形の青春小説というイメージにつながるところかなと思います。この時期の話はディテールも含めて本当に面白く,ぜひ別の作品として書いて欲しいなぁとも思うところです。


■ロシア文化を描くエピソードが面白い!
作品の中でロシア人の文化についてエピソードが幾つか描かれているのですが,それがいちいち面白い。何より笑ったのが,国策として「反アルコール」キャンペーンが実施され,ウォトカなどのアルコール類が手に入りづらくなった時期に,街から靴クリームが消えたという話。なんと,靴クリームをパンに塗り,パンに染み付いたアルコールを摂取していたんだとw ロシア人のイメージといえばやはり酔っ払いではありますが,まさかここまでアルコールに執念を燃やしていたとは…。こうした細かいエピソードがいちいち面白く,本当に読んでいて退屈しませんでした。


■ロシア料理の魅力
外交官として要人と会うとき,佐藤氏は必ず接待としていい店に連れて行っています。で,「国家の罠」のときもそうだったのですが,そのときに何を食ったのかがまぁ細々と書かれていること。ロシア料理は当然のこととして,チェコ料理だとかなんだとか,あまりなじみのない料理も出てきて,いちいちそれがうまそうなんです。この作品を読んだら,ロシア料理食べたくなることは必至でしょう。あぁ,食べに行きたい…。強い酒はダメなので,ウォトカは飲めないだろうけれど。。。


ソ連解体の過程
まぁなんというか,自伝としてソ連の崩壊を書けてしまうということが何よりすごいです。ただ,この部分の説明については時系列がいったりきたりだったり,内容が複雑だったりで,ちょっと理解しにくいというのも事実。佐藤氏はとても筆が早く,そのときに思いついたことを勢い良く書いていくタイプなんだろうと思います。それはそれでかまわないのですが,そこを上手くまとめる人がいればなぁ,などと思わなくもないですね。
個人的に面白かったのは,ソ連を解体するか維持するかという議論の中で,「社会主義は捨てるが,ソ連邦は維持する」という意見があったこと。それじゃあもうソ連である意味ないじゃない,とも思いますが,ソ連を維持するとしたらそれが一番現実的だったのかなぁ,と思ったり。いずれにしても,矛盾だらけの国だったんだなぁ。