「おのぼり物語」

おのぼり物語 (バンブー・コミックス)

漫画化1本で生きていこう!一念発起して会社をやめたはいいけれど、連載するはずだった雑誌は休刊。勢いで東京に出てはみたが…。


ギャグ4コマである「カラスヤサトシ」の1〜3巻を読んで、この著者の独特な感性に引き込まれた方は数多いことでしょう。そしてまた、彼のギャグ4コマ以外も読んでみたいと思った方も多いだろうと思います。私も「カラスヤサトシ」の感想としてこんなことを書いています。

カラスヤ氏は,業田良家氏の「自虐の詩」みたいな感じに,フィクションとして青春時代を描けば,結構面白いものが描けそうな感じもあります。


で、この「おのぼり物語」は、カラスヤ氏がまったく売れていない時期に大阪から東京に引越しをして、その後の売れない数年間のエピソードを4コマ形式で描いた作品。私を含む多くの人が待ち望んだであろうカラスヤ「青春」漫画なわけです。基本的にはギャグ4コマですが、カラスヤ氏が抱えていた不安や孤独感などがひしひしと伝わってくる良質のエッセイともいえるでしょう。彼の4コマで見られる貧乏暇自虐ネタにはなんともいえない迫力がありますが、その背景にあるものがこの作品から見えてきます。そして、作品の後半は一気にシリアスな方向に流れていきます。


この作品を良作たらしめているのは、日常を切り取るカラスヤ氏の独特の視点の面白さもさることながら、彼の「記憶力の良さ」にあると思います。ノンフィクションライターの佐藤優氏の異常なほどの記憶力は有名で、数年前のある日に食べた昼食が何であったかまで覚えているという話があります(実際、彼の作品には具体的な食べ物の名前が挙がっていることが多々あります)。その記憶力があるからこそ、佐藤氏は作品中で昔話を忠実に再現できるのでしょう。
で、カラスヤ氏の場合、東京に出てきたときは売れずに暇で、大きなエピソードもない日常を送っていた(だろう)にもかかわらず、その当時に起きたエピソードやそのときの自身の心の動きを、克明に再現しているんですよ。もちろん、ギャグとして面白おかしく脚色している部分もあるでしょうが、それにしてもくだらない話まで良く覚えていることw そして、この細かくて取るに足らないエピソードや心の動きの積み重ねが、この作品に地味ながらも強烈な迫力やらリアリティーやらを与えているように感じました。


あと、個人的には彼の風景画がすごく好みでした。今までは4コマばかりだったのであまり感じませんでしたが、この作品ではところどころに、東京の風景が見開きで描かれています。その画風がなかなか味がありますねぇ。小説の表紙や挿絵なんかに合いそうな感じがします。


そんなわけで良作でした。特にカラスヤ氏のファンは必読でしょう。そして、この路線の作品はまた書いてほしいですね。ちなみに、私は上記のとおり「カラスヤサトシ」の感想で「自虐の詩」を引き合いに出しましたが、朝日新聞の書評では偶然にもこの作品と「自虐の詩」の共通点を挙げていました。


http://book.asahi.com/comic/TKY200810150249.html