「詩羽のいる街」

詩羽のいる街

賀来野市には、金も持たず住む場所もないのに、他人同士を結びつけ、幸せをもたらす女性がいるという。彼女の名は詩羽――現代に存在自体が奇跡の人を圧倒的な論理の力で描き、形容しがたい感動を呼ぶ奇跡の物語!


面白い作品でした。しかし、この面白さは「物語の面白さ」とはなんか違う気がするw


物語というものには当然、筆者の何がしかの主張が含まれているのでしょうが、でも小説を読むときの面白さってその主張を読み取ることばかりではありません。前半から張り巡らせた伏線が一気に回収されたときに快感を感じたり、作品からかもし出される雰囲気に酔いしれたり、とある1シーンが絵のように頭に浮かんできたり…と、著者の「言いたいこと」を読み取ることとは別の楽しみってものがあります。で、この作品について言えばそういった部分についてはどうしても弱い。なんせ物語の大部分が、ヒロインである詩羽と悩める子羊達(漫画家志望の若者、自殺志願の少女…)との対話で、物語中で起きる出来事もすべて、子羊を説得するための材料になっています。味わいもクソもありませんw ここにあるのは言葉として話される理論で、それだけに読んでいる側としてはどうにも説教くさいものを感じてしまいます(過去の山本作品で言えば、「神は沈黙せず」も似たようなところがあった気が)。


しかし、その理論については個人的にはとても理解しやすかったし面白かった。例えば私にとっては不要で捨てようとしているものでも、ほかの誰かが必要であるということはよくあります。で、この物語のヒロインである詩羽は、街の人々と付き合う中でさまざまな情報を仕入れて、誰が何を必要としていて、逆に誰が何を不要と考えているのかを知っている。そこで彼女は、ある人の不要なものを引き取って、それを必要としている別の人の元へ届けます。それによってみんなが得をし、その仲介のお礼に彼女も少しご褒美をもらう、そして彼女はそれを「仕事」にして生活しているというのです。物語中ではこのことを、街の人たちの歯車を合わせて、上手く回るようにするという表現をしていて、これはとても分かりやすくハッピーだなぁと私には思えるのです(もちろん、この物語で出てくる詩羽の「仲介業」は物の交換だけではなく、様ざまな事象に及びますが、この辺りはここでは言及しません)。いわば資本主義の理想形なわけですが、実際の資本主義だと情報不足のために歯車が上手く回らず、どこかに需要があるにもかかわらず、あるものは捨てられ、必要な才能は活用されず、ということになってしまうんですよね。どこかに詩羽がいればこんな不況にはならないはずなのに…。


ちょうど最近では、インターネット上のオークションが流行っていますが、私は詩羽の役割をネットオークションのイメージで見ていました。あるいは、演奏を聞いてもらいたい人々と、演奏を気軽に聞きたい人々を結びつけたyoutubeニコニコ動画なども同じですね。誰も損をしていないのに皆が得をする、ということは素晴らしいことだと思います。そして、このことから出てくる山本氏の結論、愛とか正義などは関係なく、理屈として皆が協力し合えば得に決まっているという点は、これは一面では真理だと思いますねぇ。こういう、理想論的なものを理屈で成立させようとする山本氏の姿勢はどの作品でも共通していて、理想論をダサいとする今日の風潮において、なかなか貴重な作風だなぁと思います。


ただし、冒頭に書いたとおり、それらを非常に理屈っぽく語るもんだから、物語として楽しめるかは別。もちろん、山本弘が「主張」の部分を抜きにしても物語として面白いものを書けるというのは前提(例えば、「まだ見ぬ冬の悲しみも」の一編「奥歯のスイッチを入れろ」みたいに、バトルシーンだけですげぇ燃えるんですよ!)。ただ、こういう「主張」が目立ちすぎてしまう作品を書くことが多々あるというのもまた確かなんですよね。まぁこれは山本氏の個性だし、ファンとしてはある意味ニヤニヤしながら読んでしまうんですけどw そんなわけで、物語としてというよりも、理屈の部分が面白かったという作品でした。常識に縛られて生きているタイプの人にはパンチのある作品かも。。。


…それにしても、この作品の巻末にある参考資料が笑えるw ハルヒらき☆すたドクロちゃん等々、知っている人が見たら「おい!」と突っ込まざるを得ないものが満載w これわざとやってるよなぁ。そして、この動画も参考資料の一つ。物語中、この動画がどのような役割を担っていたか、気になった方は読んでみてくださいw

http://jp.youtube.com/watch?v=Jvrxpwlbs7Y&eurl=http://mixi.jp/view_diary.pl?id=969677922&owner_id=16015792


あと、挿絵は「図書館戦争」シリーズの徒花スクモ氏。個人的にはいいイラストだと思いました。