「まだ見ぬ冬の悲しみも」

時間的同一性交換によって6カ月前の世界へ向かった俺が見たのは、すべてが燃えあがり、あらゆる生命が死滅した終末のパノラマだった―タイムトラベル実験の恐るべき顛末を描いた表題作、謎の異星生命体との危険なコンタクトを果たした詩人の手記にしてSFマガジン読者賞受賞作「メデューサの呪文」、アキバ系科学幻想譚「シュレディンガーのチョコパフェ」ほか、全6篇を収録する最新作品集。時間、宇宙、言語、超人テーマなど、SFならではのアイデアを現代に蘇らせる、科学と奇想と語りの饗宴。


山本弘氏の短編集。この本を買ってから数日後に文庫版が発売されましたorz あと数日待っていればよかった…。この作品は,私のイチオシ作家,山本弘氏のSF短編集。個人的には,同氏の短編集「闇が落ちる前に,もう一度」よりも好みかも。


「奥歯のスイッチを入れろ」
これは面白かった!SF的にはよく使われるらしい「加速装置」を使ったネタです。主人公はアンドロイドになったタクヤで,彼は加速装置により30秒間だけ知覚・思考・運動速度を400倍に早めることができるという設定。最初は「たった30秒でストーリー作れるの?」と思ったのですが,考えてみれば知覚も思考も早くなるわけですから,タクヤの体感的には30秒ではないわけですね。
で,この加速装置を使った戦闘シーンがすんごい面白いんですよ。キモになるのが重力と空気抵抗。400倍に加速された状況では重力が非常に軽く感じられるし,また体を動かしたときの空気抵抗が非常に強いということで,まるで水の中にいるような状態での戦闘になるんです。その描写が妙にリアリティがあっていいんですわ。この設定,別の作品でも使って欲しいなぁ。


「バイオシップ・ハンター」
これは山本氏の作品によく出てくる異文化交流物ですね。ううむ,実は山本氏の書く宇宙の話はそれほど好きではないのかも。つまらなくはないのですが,こんなものかなぁという程度でした。


メデューサの呪文」
これは傑作。主人公である「僕」の手記なのですが,その冒頭で「一つの嘘」が混ぜられていることが前提とされます。その嘘にあたる部分がオチになるのですが,このオチにはまぁ驚かされました。これ読むと,最近私が山本氏の作品を絶賛しているのも,もしかしたら仕組まれたことなんじゃないかと思えてきますw
何を書いてもネタバレになりそうなので,とにかく読んでびっくりしてください。いやはや,山本弘はやっぱり面白いわ。


「まだ見ぬ冬の悲しみも」
表題作。タイムリープ物で,設定自体は面白いんですが,あまりにも主人公が悪役として作られすぎてるのがちょっと。山本氏的な正義感とはかけ離れたキャラクターが主人公になっていることで,どうしても話の展開が読めてしまうんですよね。山本氏のホームページを見ると,あえて感情移入しにくいキャラクターにした旨が書かれているのですが,それがあまりよくなかった感じがしました。


シュレディンガーのチョコパフェ」
うう,「シュレディンガーの猫」の理屈がよくわからなかった…。ただ,話の流れにはなんとかついてはいけたかな?いや,わからなかったことも多いのですが。。。
とても馬鹿馬鹿しい話で,話の展開も馬鹿馬鹿しければ,オタクの主人公とヒロイン(この作品の場合はあえて名前は書かないほうがよさそう)の会話のやり取りも馬鹿馬鹿しいw このオタクカップルが,彼らのアイデンティティーを支えるものを挙げていくシーンで爆笑してしまいましたw 主人公同様,私もあずまきよひこのいない世界なんて認めません!


「闇からの衝動」
これはSFというよりはファンタジーですかね。いままで読んだ山本氏の作品とはずいぶん異なる印象を持つ作品でした。何か下敷きになっている話があるようですが,私にはよくわかりません。。。面白くなくはないですが,私の場合,山本氏に期待しているのはこれじゃないです。やっぱりSF書いてナンボでしょう。


…おお,書いてみると作品によって評価がバラバラだ。ただ,好みはありつつも全体的にまとまっていますし,少なくとも「メデューサの呪文」は本当に傑作。文庫版も出たばかりで買いやすくなっているので,気になった方はぜひ読んでみてください。

シュレディンガーのチョコパフェ (ハヤカワ文庫JA)