「ベルカ、吠えないのか?」

キスカ島に残された4頭の軍用犬北・正勇・勝・エクスプロージョン。彼らを始祖として交配と混血を繰りかえし繁殖した無数のイヌが国境も海峡も思想も越境し、“戦争の世紀=20世紀”を駆けぬける。炸裂する言葉のスピードと熱が衝撃的な、エンタテイメントと純文学の幸福なハイブリッド。文庫版あとがきとイヌ系図を新たに収録。


文庫化のタイミングで再読してみました。いやいや、なんて面白い物語なんだ…。軍用犬から見る20世紀戦争史とでも言えばよいのでしょうか。いや、ストーリーなんてそんなつまらないものは、この圧倒的な物語において枝葉末節に過ぎません。独特の語りによる大迫力の物語、最高です。


この作品は私が初めて読んだ古川日出男作品で、初読のときは独特の文体に慣れるまでちょっと時間がかかった思いがあります。「大主教」のパートはよく話が見えてこないし、正直取っ掛かりの良い作品ではないと思います。しかし、乗ってくるともう読むことをやめられません。やたら大仰な文体も病み付きになりますし、20世紀の戦争に翻弄される犬たちの人生(犬生?)も魅力的(個人的には「アイス」と「怪犬仮面」のパートが好き)。さらにそれぞれの物語が、無茶苦茶な形で繋がっていくところがすごい。「沈黙」のときにも思いましたが、こんな強引な話の展開が許されるのは古川氏くらいのものでしょうね。ほかの人が同じ展開で話を書いたら、馬鹿馬鹿しくて読むに耐えない話になりますよ。ほんと、あまりにもユニークな作家さんです。


ラストがちょっと物足りないという点、結局何を言いたいのかよくわからない点など、不満な点もあります。が、それはいつものことと言うか、ご愛嬌というかw …まぁ、凡人たる私にこの天才の言うことがわかるわけありませんからねw また、その程度の欠点(私から見た場合の)があっても、この物語のすばらしさはまったく損なわれるものではありません。


というわけで、いま何かの間違いでこの日記を読んでしまった方で、まだこの作品を未読という方、ぜひぜひこの本を読んでいただきたい!今までこのサイトで紹介してきた本の中でも、この作品は一番お勧めしやすい作品です。ある程度の知名度があり、文庫化されて安くなっていて(しかも文春文庫だから安い)、どんなジャンルの本が好きな人でも楽しめる(はず)。さらに、ラノベのように手が出しにくいわけではないw ホント、だまされたと思って読んでみてください。はまる人はすごいはまると思います。なお、現代世界史にアレルギーがある人だと、ちょっと読みづらく感じるかも知れません。


ちなみに、2ch秋山瑞人スレでこの作品がすこし話題に出ていて笑いました。確かに、ドラゴンバスターのヒロインが「月華(ベルカ)」で、「鉄コミュニケイション」でも登場する軍用犬の話ですからねw 古川、秋山共に、書評家の大森望が絶賛している大森ブランドなんで、片方を読んで面白いと思った方は、もう片方に手を出してみるのも良いかと思います。